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島の元教育長の詩集より

 以前にお世話になっていた元教育長さんから詩集をいただいた。

 そこに収録されている『木』というタイトルから一部を抜粋させていただく。

*******************

 木は立っている

 木には自分の匂いがわからない

 木には自分の姿がみえない

 (中略)

 木は話さない

 木は笑わない

 銃で撃たれても「痛い」と言わない

 (中略)

 木は倒されて柱になる

 家具になる

 燃えて火となる

 (後略)

*******************

 ここで詠まれている「木」が,私には行政マンと重なって見えました。

 私が指導主事をつとめていたときは,そこまで自分を殺したつもりはありません(そういういい環境の職場でした)が,

 教育委員会によっては,「滅私奉公」が絶対的に求められていた(いる)かもしれません。

 国の役人もそうです。

 自分の言葉で話せない。

 それがつらい人と,

 それで楽ができてしまうような人は,行政には向いていないのかもしれません。

 先日,ひどい仕事しかできない行政マンのことを書きました。

 そもそも自分の考えを持たない人に,

 自分の考えを殺せ,という必要もありません。

 「木」のようにたくましい行政マンは今後増えていく可能性はあるのでしょうか。

 今日は,娘が百日紅の花を見つけ,喜んでいました。

 つるつるとした木の幹をなでながら・・・・。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より