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「おかしい人」を決められるのはだれか?

 学習障害やコミュニケーション不全などの問題を抱えている人たちは,

 「グレーゾーン」「~予備軍」などと呼ばれて断定は避けられながらも,

 もうそう呼ばれてしまっている時点で「対象者」となっている。

 ある人から見ればそのものずばりであり,別の人から見たら

 「まだまだその程度なら大丈夫」などと,経験の範囲の広さや程度が評価には影響するものである。

 ようやく「判定項目」が記事から消えた情報提供者は,

 過去の記事やコメントのやりとりへのアクセスを禁じていないために,

 非常に多くの自らの情報を提供しているすばらしい「被評価者」である。

 教育行政の人事担当者はあまりにも多くの教師の犯罪行為に伴う処分を実行しているため,

 教師全体に対する感覚がゆがんでしまいがちである。

 教師自身も,厳しい家庭環境のもとで,学習能力や生活能力の点で厳しい状況にある子どもに多く接しているため,ごくわずかな「兆候」にも強く反応し,過剰な評価を下しがちである。

 ご紹介した情報提供者くらいの多くの「宣伝項目」を収集した上で,

 明確な行動指針に基づいて対応すべきである。

 自分自身が「おかしい人」に当てはまっていないかをチェックする機能を大切にしたい。

 「決めつけるな!」と相手を攻撃している人間自身が一番鋭い「決めつけ」をしている本人であることが多い。

 こうしたブログの世界をながめているとよくわかる。

 自説を守るためには,相手の「態度」にどうこうと注文をつけるのではなく,

 自説が正しい根拠を述べなければならない。

 教師から「態度が悪い」と決めつけられて叱られている子どもほど気の毒なものはない。
 
 隣町の高校に爆破予告のメールを送ったのは,

 「情報」という教科を担当している教師だったというから,

 子どもでも「何を教えていたんだ?」と憤りを感じてしまうだろう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より