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いつまで続く? せめて評価規準に関する資料を読むべし

 やはり,指導要録は開示して,評価や評定の説明をするための三者面談などを設けるべきかもしれない。

 妄言は続く。

 もし教員採用試験を受ける大学生の妄言なら,この人は絶対に試験に通らない。

 もし教員の妄言なら,免許の更新がかなわないだろう。

 また,指導要録というものを作成した経験がないのだろう。

 「関心・意欲・態度」の評価に関する批判は私もしているが,レベルが低すぎる。

 まずはその評価の観点の趣旨を理解しなければならない。

 私がダメな評価として批判しているのは,

 評価が可能な学習活動(たとえば課題を設定して追究するような活動)や試験問題(資料を読ませて,適切な問題点を発見させるなど)がないのに評価するような人間である。

 考える場面が授業中にないのに,また,その考えを発表する場面がないのに,思考・判断・表現の評価をするような教師を批判しているのである。

 「関心・意欲・態度」の「関心」が,何に向けてのどのような活動によって判断できるかを知らない人間に,「関心」を高めるような授業はできないだろう。だから,教師などさせてはいけないのである。

 「関心・意欲・態度」の「意欲」が,どのような追究活動への意欲かを知らない人間に,この観点の評価などできない。

 「関心・意欲・態度」の「態度」が,「ちゃんと聞いている」「ノートをしっかりとっている」などのことだと思っているような教師は,ただの指導力不足教師である。

 戯れ言はいつまで続くのか。

 そろそろ進路に向けての準備を本格化し,この日曜日には模擬試験を受けようとしている中学生にとっては迷惑以外の何ものでもない戯れ言である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より