ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 教育の世界で最も醜いこと | トップページ | 「学校の成績(評定)」の意味が分かっていない方々へ »

「労働している」という実感のない教育という「お仕事」

 OECDの調査に関して,日本の教師が「働きすぎている」という印象を与えるデータが公開されているが,

 教師の多くは「労働している」という実感をあまりもっていないのではないかと私は考えている。

 「勤務時間」とか「労働時間」とかいう言葉を耳にしても,あまりピンと来ない。

 そもそも勤務時間の前に子どもが学校に来られるようにしているし,

 放課後も同様に,勤務時間後も子どもは学校にいられるのである。

 日本で「勤務時間」を意識しているのは,定時制のある高校の全日制の教師たちだけではないか。

 こんなことを書くと叱られるかもしれないが,

 自分はもちろんだが,そういう人たちが「日本の公立学校の教師」であると,私は感じてきた。

 こういう報道があるメリットは,

 「そんなにたいへんな仕事なら,教師になるのはやめよう」

 と思って,教師になる希望を捨ててくれる人が増えることである。
 
 ぜひ,そういう人は教師にならないでほしいと思う。

 「どれだけブラックなの」と思われるかもしれないが,

 自分たちがやっていることが「労働だ」なんていう意識ではなく,

 「ただの生き甲斐だ」と思っている教師によって,学校は成り立っているのである。

 「部活の指導が生き甲斐だ」というタイプの教師には困らされるものの,子どもは大喜びである。

 データでは,「校外の研修を受ける人が少ない」という結果も出ているようだが,
 
 ぜひともクロス集計をしてみてほしい。

 「勤務時間が長いから,校外の研修を受けられない」のではないことが明らかになるのではないか。

 きっと,「勤務時間が長い」人ほど,校外の研修も積極的に受けているのではないか。

 「事務的な仕事が増えた」のは,単純に考えて,

 くだらない「観点別評価」などを導入したことが大きい。

 評価に力を入れて,指導に力を入れない教師がどれだけ増えたことか。

 本末転倒もいいところである。

 「長い勤務時間」の中で,ただおしゃべりに興じているだけの人間はいないか。

 OECDでは,教師の労働の質を調査する手法を開発して,どんどん調べてほしい。

 あと,「自信がない」という「へりくだった反応」をするという,

 日本人特有の低い自己評価が生まれる文化的背景も踏まえた分析もお願いしたい。


にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ

« 教育の世界で最も醜いこと | トップページ | 「学校の成績(評定)」の意味が分かっていない方々へ »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

学校評価」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「労働している」という実感のない教育という「お仕事」:

« 教育の世界で最も醜いこと | トップページ | 「学校の成績(評定)」の意味が分かっていない方々へ »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より