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私が知った「ヤジ文化」

 私が日本の本格的な「ヤジ文化」に接したのは,高校や大学での野球の試合が最初だった。

 学校名を出して恐縮だが,最も汚いヤジを飛ばしてきたのは麻布高校である。

 球児の名誉のために正確に表現すると,それは観客席から飛んできた。

 背の低い選手に対しては,「チビ!チビ!」の大連呼が起こった。

 あとはおぞましくてここに書くのをはばかられる。

 最近は高校野球も品位を重んじるようになったが,観客席のヤジまでは統制できない。

 日本の代表的な「ヤジ」は,国会中継でも体験できる。

 直接的には体験できていないが,昔,学校には職員会議での管理職に対するヤジがひどかったところがあるらしい。

 今もそういうところがあるかどうかはわからない。

 聞こえないようにボソッと言うのは「ヤジ」ではない。

 そういうヤジにまいってしまった管理職の話を聞いたとき,そんな職業にはつくまいと思っていたのだが,

 結果はこの通りである。

 さて,海外のメディアにまで取り上げられるようになった,

 都議のヤジであるが,

 これは個人的にはその場で注意を与えなかった議長なり,抗議しなかった当事者なりにも

 「どうして」と言いたい。

 問題の声がじわじわ上がってから,ようやく動き出す,なんていうのは

 学校現場の生活指導で言えば最低の対応である。

 今回のヤジは,

 「生活指導」の対象である。

 「道徳」の時間の復習を始めなければならないタイミングであった。

 私は,議員という仕事の実態もよく知っている。

 だから,「隠す」ことに全力投球をしていることもよくわかる。

 「その場で何とかすべき」など今頃言っても遅いわけであるが,

 それはその場にいた人たち全員が反省すべき問題だと思ってほしい。
 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より