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校長の「よそ者」感を払拭するためには

 どうしても,異動のサイクルが早い校長や副校長のような管理職は,

 現場の教師たちからすると「よそ者」感が強くなる。

 特に校長は出張が多かったり,校長室に閉じこもって

 いるのかいないのか分からなかったりすることが多いから,

 余計に「仲間意識」を感じにくい存在となる。

 校長に対して「仲間意識」などとは不謹慎だ,

 と言われるかもしれないが,この国の公立学校の管理職にとって

 「偉さ」などは何の役にも立たず,

 「どれだけ教員たちや児童生徒に近い存在か」で評価されるのが一般的である。

 飲み会や打ち上げで教員たちをねぎらう程度では,「仲間」として見てもらえない悲しい現実がある。

 やたらと児童生徒への接近を試みる勘違い管理職もいるが,

 これは教員からはますます白い目で見られる原因となる。

 「リーダー」という呼ばれ方が最もしっくりこないのが,日本の場合,

 学校という場を統括しなければならない教育管理職の宿命である。

 では,校長とはどうあるべきか。

 校長経験者が,あれこれと書いているが,自分で書いてはだめである。

 優秀な副校長・・・もうすぐ校長になるべき人物が,「校長とはどうあるべきか」を

 しっかりと表現していかなければならない。

 校長の「よそ者」感を払拭するためには,

 「校長のあるべき姿」を現場の教員感覚で校長に伝えるミドルマネジメントが絶対的に必要である。

 問題は,「あるべき姿」と「今の姿」がずれている場合だが,

 ずれを修正しない校長は,永遠に「よそ者」で居続けるしかない。

 別に,「よそ者」のままでも,何の問題もなかったのがこれまでの学校の姿である。

 そもそも「よそ者」感を払拭したいと願っている管理職や現場の教員がいるかどうかも疑わしい。

 そんな組織に何を期待しても無駄であろう。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より