校長の「よそ者」感を払拭するためには
どうしても,異動のサイクルが早い校長や副校長のような管理職は,
現場の教師たちからすると「よそ者」感が強くなる。
特に校長は出張が多かったり,校長室に閉じこもって
いるのかいないのか分からなかったりすることが多いから,
余計に「仲間意識」を感じにくい存在となる。
校長に対して「仲間意識」などとは不謹慎だ,
と言われるかもしれないが,この国の公立学校の管理職にとって
「偉さ」などは何の役にも立たず,
「どれだけ教員たちや児童生徒に近い存在か」で評価されるのが一般的である。
飲み会や打ち上げで教員たちをねぎらう程度では,「仲間」として見てもらえない悲しい現実がある。
やたらと児童生徒への接近を試みる勘違い管理職もいるが,
これは教員からはますます白い目で見られる原因となる。
「リーダー」という呼ばれ方が最もしっくりこないのが,日本の場合,
学校という場を統括しなければならない教育管理職の宿命である。
では,校長とはどうあるべきか。
校長経験者が,あれこれと書いているが,自分で書いてはだめである。
優秀な副校長・・・もうすぐ校長になるべき人物が,「校長とはどうあるべきか」を
しっかりと表現していかなければならない。
校長の「よそ者」感を払拭するためには,
「校長のあるべき姿」を現場の教員感覚で校長に伝えるミドルマネジメントが絶対的に必要である。
問題は,「あるべき姿」と「今の姿」がずれている場合だが,
ずれを修正しない校長は,永遠に「よそ者」で居続けるしかない。
別に,「よそ者」のままでも,何の問題もなかったのがこれまでの学校の姿である。
そもそも「よそ者」感を払拭したいと願っている管理職や現場の教員がいるかどうかも疑わしい。
そんな組織に何を期待しても無駄であろう。
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