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教師とはそもそもどうあるべきものか~反転授業導入の議論から見えてくるもの

 マイケル・サンデルの白熱教室 「これからの学校の話をしよう」をTVで見ました。

 反転授業の導入に関する議論でしたが,その成果は,「教師はどうあるべきか」という問題意識を高めることにありました。

 このような,「問題を問題として認識する能力を高めること」が,教師としてあるべき資質であり,

 その点についてはサンデル教授はたいへん優れています。

 日本に限らないことだと思いますが,教育現場では常に「正解」が求められ続けます。

 このTVでの議論でも,

 「じゃあ,反転授業を広めるべきなのか,どうなのか」と結論を求めたがる人はいると思います。

 結論は簡単にはでないこと・・・・賛成も反対もあることは,明らかな話題であるわけで,

 反転授業を導入したときに起こりうるのは,「大きな失敗」です。

 しかし,導入しなければ,「導入したときの失敗」は起こりえない。

 教育の失敗をゼロにしたい人は,こういう改革には反対するでしょう。

 藤原さんの意見は,現場の経験から,

 教師だけでなく子どもの能力が高くないことがわかっているから,

 反転授業を推進したい側についていることがよくわかりました。

 私は,だれかが番組で発言していたのと同じで,

 反転授業の推進によって,教師の質,教育の質は格段に落ちていくものと考えています。

 ただ,一度,どん底までその質が落ちることを経験するのも,

 「本当の教育改革」を起こすための一つの方法であるかもしれません。

 日本人は,絶対的な危機が訪れない限り,重たい腰を上げないという特殊な国民であると考えています。

 一部の子どもは犠牲になりますが,一度,大失敗を経験しない限り,

 「教師の質」「教育の質」を高く維持することの重要性に気づいてもらえないのが日本なのかもしれません。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より