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上から目線が大嫌いと言いながら,上から目線にすり寄っていく人間たち

 人によって態度を変える姿ほど情けないというか醜いものはない,

 ということを子どもたちは肌感覚で知る。

 子どもたちにとって,「人間への幻滅」を最初に感じる対象は,

 親だろうか,学校の教師だろうか,ニュースで見かける犯罪者だろうか。

 親や教師の立場から,子どもに対して「幻滅」してしまう場面もある。

 親が他人に対して頭を下げている場面を見たことがない子どもはどのくらいいるのだろう。

 一言,感謝の言葉をかけるべき,というときに,何も言えない子ども。

 会釈だけでもよい。それができない子どもが少なからずいる。

 とても残念である。

 大人も子どももお互い様なのだが,どうしても気になるのが,

 ネット上で教育に関する情報をあげている人間の

 「媚び」や「忌避」である。

 自分が批判していることをそのまま自分が行っている人間である。

 あきれかえるほどの厚顔無恥ぶりに,特定の障害名を教えてくれている人もいたが,

 学校現場では,障害に対する理解が以前より深まり,指導は非常に慎重になっている。

 なぜなら,症状が悪化することが懸念されるからである。

 そういう経験を積み重ねて大人になってしまった人も気の毒だが,

 子どもの将来をつぶしたくはない。

 子どもに会う機会があったら,その目をしっかりと見てあげてほしい。

 目は口ほどに・・・である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より