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DeNAの将来性と巨人軍の危うさ

 DeNAの悪口?を書いたら,巨人を相手に見事な1点差・逃げ切りゲームをしてくれた。

 私は別に評論家ではないが,評論家の言葉が招く逆の結果の典型のようなものである。

 今日の試合では,DeNA側は若手の選手が精一杯のプレーをしていた。

 一方の巨人は,制球に苦しむDeNA久保が8番の橋本に押し出しの四球を出したとき,大問題が起こった。

 橋本が打席に立ったときから,ネクストバッターにはロペスが控えていた。

 DeNAに対して,相当の威圧を与えていたのだろうと思うのは,橋本が四球を選んだからである。

 しかし,ロペスという選手は,ただの「脅し」として使うには,実績がありすぎる。

 不調かと思われたセドンを2回で交代させることもありうるだろうと考えていた。

 ロペスは予想通り,打席に向かったが,村田コーチに呼び戻されて,セドンが打席に向かうこととなった。

 結局,この回は1点どまりで,最終回まで0行進が続き,巨人は敗れた。

 一方のDeNAは,最終回にルーキーを登板させ,自信をつけさせた。

 巨人は,打線の柱になるべきロペスのプライドを傷つけた。

 将来への明るさを感じるチームと,暗い未来が予想されてしまうチームが本当に対照的に見えた。

 結果はDeNAの勝利。

 巨人のこの1敗が,「ただの1敗」で終わるようには思えなくなってしまった。

 最後の代打に出たのはロペスではなく,矢野だった。

 野球は,サッカーなどと比べると,果てしなく「集中力」を要するスポーツである。

 プロでも難しいのは,「集中力」の持続である。

 ロペスが最終回に登場しなかったのが最大の不安要因となった。

 長々と今日の野球の話を書いてしまったが,

 学校教育の現場が教訓として学ばないといけないことが,いろいろ詰まっていたゲームだった。

 ベテランのやる気をそぐのは,御法度である。

 若手の選手が,ただのびのびやるだけではなく,1点差という緊迫感のあるゲームを体験し,結果を残す,その意味は大きい。どんどん増えていく若手の教員に,

 「これくらいはできるだろう」という仕事をさせて失敗し,やる気をなくさせるのは簡単なことである。

 若手の教師が自信を失うことを応援するような経営をしてはいけない。

 あえて難しい仕事にチャレンジさせるような勇気も必要だろう。

 最後に,久保の投球術は,本当に優れたものである。

 クイックの投球動作ははやすぎて,打者はタイミングがとれない。

 タイミングがとれるようなテンポで投げるときは,ストライクからボールになる球を投げる。

 足を上げてタイミングをとる打者には,自分も足を上げる時間を長くしたりして,間をはずす。

 バッターの息づかいを感じて,そこで間をずらしながら投球できる選手はそう多くはないだろう。

 こういう「ずらし」の技術を,問題行動を繰り返す子どもに応用できないものだろうか。

 視野が極端にせまくなってしまっている保護者に応用できないものだろうか。

 言葉をそのまま正面からキャッチすると,相手のペースにはまってしまう。

 キャッチしなければならないのだが,その衝撃を限りなくゼロに近づける技術を開発したいものである。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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