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DeNAの将来性-2~ベテランに懲罰人事ができること

 野球ネタばかりが続いているが,ここのところのDeNAにはどうしても目がいってしまう。

 DeNAの将来性の話を書いたら,今度はN選手の登録抹消。

 昨日のゲームでは,追加点がほしいところで併殺打。

 しっかり走っていれば1塁は残れそうなボテボテの当たりだったので,さすがに力を抜きすぎているように見えたあの様子では,罰金ものだなと感じていた。

 子どもに真似されたくない走塁だった。

もし,1塁ランナーに盗塁してほしくないというなら,せめて内野ゴロでゲッツーにならないように,全力で走れっつーの・・・という選手やコーチの心の声が聞こえてくる。

 その影響で試合の流れが変わって,巨人が逆転してもおかしくないような終盤の一コマだった。

 登録抹消の原因は不明だが,4番打者(ホームランゼロというのも気になったが)を怪我でもないのに抹消できる首脳陣は強い。

 あの走塁だけが原因だったら,本当にすごいと思う。
 
 ちなみに,今日,4番にすわった選手は,いきなりホームランをかっ飛ばしている。

 さて,今,学校では管理職の若返りが始まっている。

 子どもと直接向き合えることに生き甲斐を感じている教師にとっては,

 本当にお気の毒な役職だが,本人がその気なら本当に頼もしい。

 気になるのは,こういう若い管理職が,DeNAのような人事をすることができるかどうかだ。

 ただ,何人かの先生からの情報から,私なりの感触を言えば,その心配はあまりない。

 つまり,方針に従わないベテランを簡単に異動させる肝がすわっている人が,管理職に任用されている。

 部下に遠慮は必要ない,という強い教育委員会の姿勢がすり込まれている人でないと,管理職に任用されない。

 野球の世界では,首脳陣批判は御法度である。

 教育の世界では,昔から管理職批判しかなかったと言ってもいい。

 両者ともに,あまり生産的ではないように思えるが,

 首脳陣や管理職を本当の意味で育てたいのなら,DeNAを見習うべきであろう。

 何しろやる気があって,チャンスを与えてほしい若い人間がたくさんいて,それを育てないで組織に将来はあるだろうか。

 けなすといい面が出て,ほめると悪い面がでる。

 野球は人の人生のようである。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
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