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DeNAの低迷と学校運営の困難の共通点

 NEWSポストセブン提供の「横浜DeNA 中畑監督と年齢の離れたコーチ編成も低迷の一因か」という記事から,これからの学校運営の難しさを予想してみました。

 教育管理職不足が今後,深刻化していくことが予想されます。
 
 団塊世代に続く年代は,採用がかなり厳しかった時期が続きました。

 私も50歳に近づいてきましたが,現在,所属している学年では,年齢が下から2番目です。

 私と同年代の人が管理職になるころは,40代,50代が少なくて,20代がとても多い,という年齢構成になっていきます。

 管理職の仕事は,同年代でとても仲が悪い人がいるというのもやりにくいのかもしれませんが,それでも「わかりあえる」部分があり,何とか経営できている,という学校も少なくないでしょう。

 これが,年代が離れた人たちを動かしていくようになると,どうなるか。

 若い人たちは,組合活動がとてもさかんだった昔と比べると,はるかに上司に従順で,素直です。

 だから,「はい,はい」と何でも言うことを聞いてしまい,やがて「指示待ち」の教員ばかりになってしまうのではないか,というのが私の危惧です。

 共通の状況を経験している人間同士の意思疎通というのは,そう難しいものではありませんが,

 言葉では説明しなくても分かるはずのことが伝わらない,という経験をこれからの管理職は痛感していくことになるでしょう。

 こういう「変化」を逆に「チャンス」ととらえて,成長を続けてきたのが,昨日,例に挙げたセブンイレブンです。

 これからの教育管理職は,経営者としての資質を磨ける絶好の職になると思われる一方で,「思い上がり」になる危険性も多分に秘めています。

 教育委員会が「思い上がり」の状況になっている自治体は,さらに危険です。

 思えば,以前も紹介しましたが,私がつとめていた教育委員会の事務局の人たちは,幹部を除いて,皆さんとても腰の低い人たちばかりでした。私が接したことのある区市町村とは大違いだというのが第一印象でした。

 教育管理職は,「管理」すること以上に「教育」すること・・・子どもではなく,教師を・・・が職務上,非常に重要になってくる。

 教育管理職試験に合格したい人は,面接試験で,ぜひともそこを強調してみて下さい。

 「では,具体的に,どのようにして・・・」という続きをしっかり考えて。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より