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教材提示なら Andoid のタブレット機

 ICT機器の活用を進めていくことも大事だが,もうそっちの操作は子どもの方が教師よりも上手である。

 プレゼンソフトやデジタル教科書を見せても,それだけで興味や関心を高められるような時代ではなくなっている。

 プレゼンソフトのように,スライドの流れを決めてしまっているものを授業で扱うと,どうやっても教師による一方的な授業になってしまう。

 だから,スライドショーではなく,作成画面を使って説明をするなどの工夫が必要となる。

 私がおすすめするのはプレゼンソフトではない。

 タブレット機だけで十分である。

 そこに,必要な画像,映像,キーワードを示した画像ファイルが入っているだけで,あとは児童生徒が手元の資料などを使ったり,他の子どもと話し合ったりして勝手に考え始めてくれるようになっていればよい。

 当たり前の話だが,タブレット機で文書をつくったり,画像を加工したりすることはない。

 あくまでも「教材提示なら」タブレット機を使う,というだけである。

 プレゼンソフトを使うと,教師も児童生徒も

 「流される」。

 使っている教師ですら,「受動的」な授業になっていく。

 だから,指先だけで資料を選んだり拡大提示したりできるAndroidのタブレットがあれば,効果的な授業をすることが可能である。

 子どもたちの発言や反応に適した授業の流れを組み立てなおすことができる。

 ちなみに,生徒にパワポで資料をつくらせてみると,どこに熱中するか,みなさんは想像できるだろうか。

 そう。中身ではなく,どんな飾りをするか,どんなアニメーションをつけるかに夢中になる。

 これでは本末転倒で,こういう事態を招くおそれをICT教育推進に関わる人間は心にとめておかねばならない。

 全国大会に出ると,余計なアニメーションがついている一方,中身のないプレゼンにお目にかかるが,優れた「見本」である。


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コメント

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▶︎support@senseinote.com

また、技術面でのご相談がある場合に関しましては、併せてその旨をメールに記載していただければ、弊社が対応致します。

不躾なお願いで大変恐縮ではありますが、ご検討いただけますと幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。

浅谷

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より