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「時間を守る」ことの意義は,効率の問題ではない

 中学校の部活動の指導は,教師がまるまる抱え込んでやってしまうのが「日本式」であり,

 これが「効率がよい」などと誤解しているから,

 自分で自分の首を絞めているのに他人に文句を言っている,まさに「ミラー現象」の典型のような人間が増えてしまう。

 教師によっては,自分が専門とする教科の指導計画よりも,部活動の指導計画の方がまともに書けてしまうかもしれない。もちろん,部活で生きている教師は,そんな計画は書く必要がない。血肉となって体にしみついているからだ。

 日本のように,「部活動は教師が指導するもの」という共通認識や共通実践が当たり前のように行われているのだとしたら(行われてきたのだが),現状追認型でこれをきちんとカリキュラムに組み込み,責任を持たせるべきである。

 しかし,これでは1日が24時間では足りないし,学校現場に必要な教師が2倍必要になる。

 部活動の本来の趣旨はご存じだろうか。

 学習指導要領の総則に示されている。

 部活動は,本来の趣旨どおりに行わせるべきで,行政側は,安全や場所の管理も場合によっては業者に委託する方法を考えなければならない。

 もし部活動が本来の趣旨どおりに実施されているのであれば,たとえば集合時間の設定や,遅れてくるメンバーへの対処を考えるのは子どもたちの仕事になる。

 「全員が集まれる時間を決めろ」などはそもそも「指導」でも何でもないのだが,そういう「口をはさむ行為」も必要なくなる。

 「効率のよさ」を教育の場で語る場合,その対象は本来のところかなり限られてくる。

 多くの人が「効率がよい」と思ってやっていることは,教師にとっての「効率」であって,子どもたちの成長のための「効率」ではない。

 それを証明してくれそうな人がぶろぐ村にはいて,とてもありがたい。

 時間を守る,守らないという問題を「効率のよさ・悪さ」というかたちに置き換えて子どもに接するのは,恥ずかしすぎる。

 自分の都合に合うか合わないかで子どもの行動の意味を考える癖がある人間は,教師には向いていない。

 内田樹が教育現場で起こっていることを罵りたくなる気持ちもよくわかる。


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    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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