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特定の子どもを排除する感覚をもつ憂鬱な教師たち

 障害をもつ子どもへのあたたかい対応は,子どもたち同士ではうまくできているケースが多い。

 学校の場合,それをぶちこわすきっかけになるのが教師の態度である。

 教師のなかには,障害をもつ子どもや問題行動をよく起こす子どもが学級にいると,そういう子どもたちへの個別指導や保護者との緊密な情報交換が必要になるため,

 「余計な時間がかかる」と露骨に嫌な顔をする人間がいる。

 そういう態度は,いくつかの指導場面を通じて子どもたちには容易に伝わるようになる。

 「こんなやつ,いない方がいいんだ」

 という感覚は,大人から伝染していくと,手に負えないものになってしまう。

 「この子はいやだな」と感じやすい面をもつ子どもに,「承認」「保証」を与えてしまうのが大人=教師である。

 良識のある教師からみると,こういう特定の人間を排除しようとする傾向をもつ教師は,非常に憂鬱な存在である。

 よく言われていることだが,教師集団がぎくしゃくしていると,子ども集団も悪くなっていく。

 だから,どんなに憂鬱な教師に対しても,

 そういう感情は全く表面に出さず,何の問題もないように接しなければならない。

 憂鬱な人間を排除しようとする心のはたらきは,

 間違いなく子どもに悪影響を与えることになる。

 教育の場とは何か。

 それは排除の場ではない。

 そういう最も基本的なことがわかっていない人間が教師であること,教師であったことが,

 これからの社会の未来を暗くしてしまう。

 今後,日本で暮らす外国人の割合が増えていくことが予想される。

 今までも,摩擦が全くなかったわけではないが,それが表面化するようになると,

 ますます日本の未来は暗くなる。

 未来を変える力をもつのは,学校教育である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より