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ブログで「負け惜しみ」を綴らないですむ人生を

 批判を「嫌み」と受け取るのは,自分の犯した失敗や力不足を棚上げしてしまう,「反省力」のない人間である。

 人に迷惑をかける行為を注意されて,「私に不快な思いをさせた!」「皮肉を言われた!」とキレる高齢者が増えないことを祈りたい。


 教育の世界で一番みっともないのが,

 「あなたの学校は生徒が優秀でいいですね。それに引きかえ私の学校は・・・」

 という教師の「言い訳」である。

 こういう話を聞くと,私は次のような言葉を返したくなる。

 「では,こちらの学校にいらっしゃいますか?」

 「ある先生は,この学校で一人前になるのに10年かかったという言葉を残していますが,10年がんばれますか?あなたなら,もっと早くに成果を残せそうですか?」

 自分が教師としての力を発揮することができないのは,子どもが悪いからだ・・・・・・

 という趣旨のブログが,教師や元教師の綴る教育ブログに散見された(最近はほとんど見ていないので,実例を挙げることはできないし,してはいけないというのがぶろぐ村の方針である)。

 「本来の仕事ではないことに,これだけ時間を費やされている」

 ことをとくとくと書いていたブログもあった。

 そのブログを書くのに時間を費やすことが,「本来の仕事」ではないことは言うまでもない。

 常識的な教師は,こう思う。

 「それは本来の仕事だろう」

 ・・・・残念ながら,そういう感覚を持てない教師がいるのが現実である。
 
 ブログの世界で一番みっともないのが,

 「負け惜しみ」としか感じられないものである。

 それが共感を集めて,多くの人たちを「癒す」効果があれば,それなりの価値があると言えるのだろうが,

 ただの「負け惜しみ」を「褒められて」喜んでいるという情けない人間がいる。

 人の活動の価値は,「何を褒められてうれしいと感じるか」である程度はかることができる。

 イチローが最多出場記録を祝福されても,反応しない,というのは本当にイチローらしい。

 こうやって「人にこびない」生き方,「言い訳」をしない生き方ができる人のブログが

 教育の世界にも広がってほしい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より