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教育の世界で,効率とか生産性を気にしていると,本質を見失う

 自戒を込めて,書き記しておこう。

 自分の仕事の仕方自体について,反省的に効率や生産性を問題にすることは無駄ではないだろう。

 しかし,教育という仕事に「効率」とか「生産性」の成果を求めようとすると,必ず見失ってしまうものがある。

 効率の検討に時間をかけて,時間的に非効率になっていく,なんていう問題を話題にしているのではない。

 このような「ブログ書き」という暇つぶしの最たるものに生産性などを求める「まじめさ」にどれだけ意味があるのだろうか。

 小説現代で連載されている宮城谷昌光の小説では,孫子の出番がやってきている。

 ビジネスマンに永く孫子が読み継がれている理由は,

 ビジネスの世界が「戦場」だからにほかならない。

 しかし,教育の世界には「勝ち負け」など存在しない。

 後にビジネスの世界に入って,「勝ち組」「負け組」に分類されてしまう人はいるかもしれないが,

 教育はビジネスの世界での「勝ち組」への入り方を教える場ではない。

 それでも,孫子の兵法は教育にも応用できる。

 それは,なぜか。

>智者の慮は,必ず利害を雑う

 たったこれだけの言葉を聞いても,はっとさせられる。

 こんな当たり前のことすら,日常の生活の中では忘れてしまう私たちである。

 「戦場」で活用できる知恵が,「日常」では役に立たないと言い切れる人間がいるだろうか。

 必ずプラス面とマイナス面を列挙して,比較検討する癖をつけておきたい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より