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教職課程の教科教育の問題点

 教育実習にくる大学生が,授業の準備を始める段階で,初めて「教科書」というものにふれることが多くて驚かされる。

 大学では,中学校に教育実習に行く学生に,中学校の教科書を読ませていない。

 今の大学生は「ゆとり世代」ど真ん中だから,

 内容量が増えただけでなく,言語活動の充実が求められている今の学習指導要領に基づく教科書に対応しきれていないことが課題である。

 教員の世界では笑い話だが,

 「指導案」の書き方すら習っていない学生もいて,

 いざ書かせてみると,

 「教科書のここからここまでを読ませて」

 「この行とこの言葉にアンダーラインを引かせて」

 というのが延々と続くものがあった。

 「何?これ?」

 とたずねると,

 自分の受けた授業がそういうものだったからだという。

 こういう人は,もう一度,まともな授業を中学校から受け直さないと,

 とてもではないが現場の教師にはなれない。

 ・・・・なんてことを書くと,次々に

 「自分の先生もこうです」なんて情報が寄せられそうでこわい。

 中3のお子さんがいらっしゃる保護者の方へ,

 こんな質問をなさってみてください。

 「九州地方の一番の特色って何?」

 「古代と中世の違いって何?」

 もし,「そんなのはやったことがない」と答えたら,

 あなたのお子さんは,学習指導要領に示された内容が習得されておりません。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より