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「若手教師」は何を一刀両断したかったのか?

 わずか半月で更新されなくなってしまった5年目の先生のブログ。

 自校の教師への評価は,それなりに参考になるものだった。

 どういう教師が「指導力がない」と言えるのか,具体例を示してくれていたからだ。

 5年目くらいになると,20年選手よりもいい仕事ができてしまうのが学校現場というところである。

 同じ「教諭」という立場であり,給料を除けば「上下関係」はない。

 中学校は本当に残酷な場所で,

 たとえば部活動の指導ができない教師が,部活動のさかんな学校に異動になると,

 露骨に「はずれ」扱いされてしまう。

 管理職や周りの教師たち,そして生徒までもが「がっかりしている」様子を感じて

 1年目から「早く異動したい」と焦っている教師は少なくないはずである。
 
 「若手教師」さんは,こういう問題は扱っていなかった。

 教師の具体的な行動の問題点を指摘していたのである。

 もしかしたら,自分なりの「改善方法」を同僚の先生方に示すので忙しいのだろうか。

 学校は,教師が変われば変わる。

 部活の話では,教師が替われば変わる,という面もあるが,

 こういう場面ではこういう指導が望ましい,ということが新たに体得できれば,

 授業も生徒指導も見違えるように変わってくる。

 ヒステリー・ママと同じレベルでぐちぐちと長ったらしく「お説教」しても,何も変わらないことくらい,

 1年目の教師でもわかる。

 それでも自分の欲求不満を生活指導で晴らそうとしている教師には,「お説教」してあげるしかない。

 こういうことに力を注ぐ方が,まさに「生産的」だろう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より