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長野の「生徒による授業の5段階評価」に注目

 評価項目は学校ごとに設定できるようだが,「満足度」を評価するということで,

 教師の側としては「生徒を満足させること」に力を注がなければならない,というメッセージが発せられたことになる。

 公立学校の野球部の顧問をしていたころ,もし「部活動の満足度」を私が評価されたら,

 かなり低いものになるはずだと考えられる。しかし,実際の数字には現れない。

 「もっと練習が厳しくなるのが恐ろしい」からである。

 これが,授業となると,どうなるだろうか。

 テストの問題が非常に易しく,評価が甘い先生に対する「満足度」が向上するのだろうか。

 テストの問題が非常に難しく,本当に必死に学習しないと,高い評価がもらえない先生に対する「満足度」はどうなるのだろうか。

 そもそも,生徒に対して,教師は授業や学習のどういうところを「満足」させることをねらっているのだろうか。

 絶対評価のようだが,学校で参考にしてみるとおもしろいのは,

 教員全体の相対評価である。

 A先生よりB先生の方が,生徒を満足させている,ということが数字でわかるようになる。

 生徒は,授業のどこに「満足感」を感じるのだろうか。

 各生徒の成績との相関関係も調べてみるといいかもしれない。

 さらに,もともとその教科が好きなのか,嫌いなのか。

 得意なのか,苦手なのか。

 学力がどんどん向上し,生徒の満足感もぐんぐん伸びているような教師の存在が明らかになる。

 学力は向上していないが,生徒の満足感が伸びているような教師も。

 学力は向上しているものの,生徒の満足感はそれほどでもない教師。

 学力が向上せず,満足感もない教師。

 「人気投票ではない」などの,事前の生徒に対する指導が最も重要であることは,言うまでもない。

 「言語活動の充実」をめざしているのであれば,文章記述とセットにしておきたい。

 満足度は~です。なぜならば・・・・。根拠がしっかり書けることが,信頼できる評価の前提であることも,言うまでもないことだろう。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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