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教育という仕事に憧れている人たち

 今でも「デモシカ教師」はいるかもしれないが,たいていは

 教職というものに憧れて教師を目指す人が多いはずである。

 憧れているだけでは大学も合格できないから,勉強することになる。

 大学に入ったら,教職課程をとり,教育実習を経験しつつ,採用試験のための勉強をするわけである。

 この過程で,最も大切な時期はどこだろうか。

 教員になって5年たっても,中学高校の教科書のレベル,教職課程の知識のレベルのことしか身についていない人間がいる。

 教員は指導力不足程度では簡単に失職しないのがおいしいところである。

 役に立たないと思われた免許更新制が,「ニセ免許」摘発のきっかけになるとは,何とも皮肉な話である。

 なぜ5年の経験を経ても,「一人前」になれないのだろう。

 教科書にかいてある程度のことしか言えないのだろう。

 それは,気の毒な話だが,最初のボタンの位置が間違っていたからである。

 ボタンのかけ違いは,気づいたときには全部外さなければならない。

 しかし,そういう作業ができる人は少ない。

 唯一のチャンスは,二校目に転勤になるときである。

 さっきの質問・・・・最も大切な時期・・・の答えは,「教育実習」である。

 そこで,どういう教師の指導を受けるかで,

 自分自身に対する正しい判断が下せるかどうかが決まる。

 「憧れている」だけで,教師には「不向き」な人間がいる。

 言葉だけで何とかなるという発想をもった,

 コミュニケーション能力の欠如を覆いで隠すような人間が,最も教師には向かないと私は考えている。

 ブログは言葉だけで(なかには参考になる文章を引用もしないで本の表紙の画像を貼り付けているのもいるが)思いを伝える手段だが,それで伝わるのは,

 「自分の言葉で表現できる人間かどうか」ということである。

 「自分の言葉」という表現は,学習指導要領の解説にも登場している,「行政用語」である。

 しかし,この「行政用語」は,珍しく実践的な意味をもつ「教育用語」でもある。

 1年目から,「自分の言葉」で教育を語れるような人間でなければ,教師にはならない方がいい。

 そうでないと,ただブログで不満や鬱憤をぶちまけるだけの教師になってしまう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より