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小学生にかけてほしくない言葉

 小学校の現場で働くようになった,元中学校の先生の話を聞く機会があった。

 もちろん管理の行き届いている小学校もあるのだろうが,基本的に何でもありの学校もあるらしい。

 詳しい話は私が今までこのブログで紹介してきたこともたくさん含まれているが,

 書いた記憶がはっきり残っていないことだけ,記事にしておきたいと思う。

 小学校高学年の授業から,「ついていけない子ども」が出始める。

 そういう子どもに対して,小学校教師は,

 「これができないと中学校で落ちこぼれるぞ」というニュアンスの言葉をかけるらしい。

 中学校教師が,中学生に同じようなことを言う場合と比較して考えてみてほしい。

 小学生にとって,「私は中学校で落ちこぼれる」という刷り込みをされることの影響と,

 中学生にとって,「私は高校で落ちこぼれるかもしれない」というプレッシャーをかけられることによる影響。

 ご存じのとおり,中学生が高校に行くときは,たいてい学力で「輪切り」にされた状態で進学する。

 心配するほど,上級校で「困る」ことは起こらないだろう。

 みんなできないことを知ればほっとするかもしれない。

 ところが,小学生にとっては,

 脅されていたとおりのことが起こる。

 これが望ましい小中の関係だと思う人はいないだろう。

 では,小学校の教師は,どうすればいいのか。

 何が原因でできなくなるのか,しっかり分析してくれれば,その結果として,

 6・3制ではなく4・5制でないと成立しない,という結論が出るかもしれないが,

 そこまでたどりつくまでの間の子どもはどうしたらいいか。

 おどして勉強させることほど情けないことはない。

 中1プログラムの種が,どこでまかれているか,しっかりと検証すべきである。

 社会科の話で言えば,地図帳をほとんど使ったことがない子どもが中学校に上がってくる。

 地図帳の活用方法が分からない。

 教師自身が学ぶ気がないのなら,小学校6年制はできるだけ早く見直すべきであろう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より