ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 「コピペ文化」はどこまで浸透しているか? | トップページ | 「さよなら」が言えない教師 »

「和」は日本最強の財産か,それとも・・・・

 日本語でいう「和」とは,「平和」(peace)よりずっと広く深い概念である。

 「和」を重んじない人,という斬り方で,非難され,いじめられる立場の弱い人がいる一方で,

 同じように,「和」を重んじない人,という斬り方で,足を引っ張られるリーダーがいる。

 「和」の中心には,「だれもいない」・・・・というのが,不思議な「理想の組織」であるのが日本である。

 「和」は「みんながつくるもの」であり,「中心」は空洞である。

 こういう独特の文化の中で,「民主主義」はどのように根付いてきたのだろうか。

 「和」は最強の財産である,と言い切れない不安感を,これからの子どもたちに丸投げするわけにはいかない。

 大人として,何らかの答えを出すべきである。

 教育現場における「和」とは何か。

 「リーダーシップ」とは何か。

 一般的な組織論にその答えを求めてきた一部の行政は,大失敗を犯した。

 「和」をコンピテンシーの中核とした個人の能力開発論,組織論を

 現場の改革の柱にできるかたちで示していきたい。

 「ごまかし」「隠ぺい」「なあなあ」が当たり前になってしまっている教育現場を

 変える,真の意味の「和」をどこから形にしていったらいいのだろう。


にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ 

« 「コピペ文化」はどこまで浸透しているか? | トップページ | 「さよなら」が言えない教師 »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

リーダーシップ」カテゴリの記事

いじめ問題」カテゴリの記事

学校評価」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

小中連携」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「和」は日本最強の財産か,それとも・・・・:

« 「コピペ文化」はどこまで浸透しているか? | トップページ | 「さよなら」が言えない教師 »

2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より