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中学生の輝き

 私は,学校週5日制になったころの教育の趣旨を大切にしている人たちと一緒に仕事をする機会をもっている。

 中学校の社会科の価値を知らない「計算おじさん」や,基礎学力に乏しい学生を教えている大学の先生が,よってたかって「悪役」にした社会科の地理的分野のカリキュラムは,改訂によって,大きく歪んでしまっている。

 「知っているかいないか」ばかりを重視するような教育観を主張するだけあって,両者の話はよく似ているし,傲慢な態度もよく似ている。

 学校現場は,「教えること」で精一杯になってしまって,「学ぶこと」をおろそかにせざるを得ない状況に追い込まれている。

 これでは学力がつかないということが,採点作業が始まっている「学習指導要領実施状況調査」で明らかになることを私は望んでいる。

 どのようなカリキュラムにしろ,教師の力量で子どもに学力がつくかどうかは決まる。

 教師が力量を伸ばせるカリキュラムかどうかも重要なことである。

 今のカリキュラムは,ただひたすら暗記すればいいだけの内容を示してしまった。これでは教師は表面的な「指導の工夫」に走るだけであって,本質的な意味での「研修」などしなくなるだろう。

 学習指導要領の改訂を2度も経験しながら,全く変わらない趣旨で行っている発表会の運営にかかわっているのだが,今回,発表していた中学生の輝きを,小学生や高校の先生に見せてあげたかった。

 小学生が知的ではない,とは言わないが,中学生の活動力に小学生はたちうちできないだろう。

 私がもし6・3制に反対する理由・・・4・5制(例)に賛成する理由を探せと言われたら,ロールモデルを知らない5・6年生と,知っている5・6年生を比べたら,圧倒的に後者の方が実力が早く伸びるはずだということをまず主張したい。

 中学生の優秀な子どもは,どんどん小学校に送りこんだ方がいい。

 小中連携は,大人がうだうだやっているより,小学生と中学生を直接向き合わせた方が,手っ取り早く実現できる。

 2年前に訪問させてもらった小学校に中学生を5月に連れていくことを楽しみにしている。

 一生懸命,発表に耳を傾けて,質問もしてくれた小学生の目も輝いていた。

 学校で目が曇っている人間はだれか。

 管理職の目は,しっかりと教員を見ているか。

 子どもとばっかり接している小学校の校長がいるが,

 校長は,もっと教師と接するべきである。

 子どもに人気の校長にもそれなりの価値はあるだろうが,

 それだけでいいのなら,近所のおじさんでも校長になれる。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より