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「騒動の張本人」を隠そうとしているのはだれか?

 「STAP細胞」関係の騒動について,23日付の西日本新聞朝刊に掲載された署名記事に目を引かれた。

 論文から垣間見える学術界の一断面として,

>個人的な知的遊戯に浸っている物が少なからず散見される

>難解な言葉で自己陶酔する世界観が学術界に広がっていないだろうか

 との指摘があった。

 論文は,大学教員になったり,どこぞの研究員に就職しようというときに提出を求められる「保証書」のようなものである。

 「これだけの論文が書けるのであれば,大学教員として,研究員としてふさわしい」という判断がなされる。

 大学によっては,「質より量」が求められるともいう。

 いずれにせよ,論文のような「形」になっているものからしか,その人物を「客観的に評価した」ことにならないのだから,論文の書き手としては,そこに「自分らしさ」よりも「それらしさ」を求める傾向が強くなるのは仕方のないことだろう。

 しかし,さすがに「コピペ」が見つかったらアウトだろうし,

 「コピペ」が見破れない「審査員」もその資格を失うことは言うまでもないだろう。

 今回の一連の問題は,「コピペ学生」がそのまま「大学教員」になり,その教え子が・・・という連鎖があるのではないかという疑念まで抱かせるような状況だからこそ,「大騒動」になっているわけである。

 大学や研究所が,「張本人」を隠しているかのように思える状況にも見える。

 ・・・というか,ここからはフィクションのドラマのようになってしまうが,「張本人」のことが逆に心配になる。

 「秘密を握っている人間」が,組織からどういう目にあうかは,つくりものの世界では嫌というほど見てきた。

 昔は,大学教授とか研究者というのは,

 「社会性のなさ」を絵に描いたような存在として扱う傾向があったように思うが,

 「社会性のなさ」ではなく,考古学の「ゴッドハンド」の人のように,「社会を裏切る存在」として浮上することもあった。

 これが個人の問題ではなく,大学や研究所を巻き込んだ問題として浮上していることが,

 科学の世界の最大の危機であるように思える。

 
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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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