ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 『明日ママ』の次は,村上春樹の小説 | トップページ | NHKでも紹介されたアニメ映画『ジョバンニの島』 »

教師ならわかる「突然いい子ぶる子ども」の特徴

 ウラ研修ネタなら,私よりもいくらでも「専門性」の高い先生方がいらっしゃるでしょう。

 「イデオロギーこてこての社会科教師の扱い方」などは,生徒向けにも必要な研修?かと思いますが,評価が授業者に一手に握られてしまっている分,ある程度はがまんしないと「いい成績」はとれません。

 私がもし受け持ちの子どもの能力を正確に評価しようとしたら,複数の別の先生に授業やテストを実際にしてもらって,そこでの評価を総合して知らせてあげたいですね。

 私が評価した場合と,全く異なる,なんて生徒はざらにいそうで,困るケースも想定されますが,お互いにどこがどのように優れているか,ということをきちんと議論し合えば,双方の誤解が解けて,その生徒の評価はどちらかというと,上がっていくことの方が多くなると思われます。

 長所を見つけるのは,複数の目でないと難しい面があるのです。

 だからは教員評価をする場合には,私は360度評価が欠かせないと以前から主張しています。

 話をもとに戻すと,子どもの学習に対する正しい評価は,ティームティーチングなどをしているところでは,上にあげた方法だけでもいくらでもできるのですが,仕事量は一人でやるときよりも何倍にも増えるため,「わざわざ忙しくするために一人を二人にしたわけじゃない」なんて言い訳のために,なかなか実現できません。

 また,同じような指導力の教師が二人で組むことは,今のように小規模化してしまっている学校ではなかなか難しいでしょう。

 教師は一人でも,できることがあります。

 教師が無条件に子どもに期待をかけてあげることで,その逆よりも子どもが伸びるということを私たちは知識として知っています。教育心理学で必ず習います。しかし,それを実践する人は少ない。

 どうしてなんでしょう?

 なぜ子どもへの高い評価を出さない方向へ,教師たちは動くんでしょうか。

 簡単に言えば,子どもが嫌い,教育が面倒くさいからに他ならないでしょうね。

 だって,好きな人に対して,その人がより高い評価が受けられるように努力できるなんていう楽しい仕事が,嫌いなんていう理屈は成り立たないでしょう。
 
 でも,仕事の嫌々感,倦怠感,荒れに対する面倒くささ,それがどうしても表に出てきてしまう人がいるんですね。

 そういうことばかりを書いて公開していた人間が,どさくさに紛れてか,急に「品格」なんてことを言いだし,自分の反省ネタや自虐ネタを増やし始めている。

 教師なら,突然こういう行動に走る子どもが,何かしでかしているのは経験上,感知しているはずです。

 注意が必要ですね。手遅れなのがわかっているのに,慌てている子どもを見ると,何だか怒りよりも同情の方が勝ってしまう年齢に私もなってしまいました。相手の方が年上だと,なおさらです。


にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ  

« 『明日ママ』の次は,村上春樹の小説 | トップページ | NHKでも紹介されたアニメ映画『ジョバンニの島』 »

教育」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教師ならわかる「突然いい子ぶる子ども」の特徴:

« 『明日ママ』の次は,村上春樹の小説 | トップページ | NHKでも紹介されたアニメ映画『ジョバンニの島』 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より