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教員が病気で欠勤できる学校づくり

 教育実習生の「寝坊による遅刻」が繰り返されたことで,

 指導案のダメ出しの回数が減るようになってしまった昨年度までの方針をどうするか。

 けっこう,悩みどころです。

 10年前には当たり前だったことが,

 この2~3年でどこまで後退してしまうのかと不安が募ってきています。

 厳しい指導が当たり前で,力をめきめきつけた実習生がいた時期には,教員採用の枠がとても小さく,

 「おおあま」の指導でお茶を濁すようになってから,教員としてどんどん採用されるようになっていく。

 このミスマッチは今後もしばらく続くと考えると,

 公立学校の教育力低下が最も深刻な状態になるのは,

 ちょうど東京オリンピックが開催されるころではないか,というのが私の予想です。

 さて,教育実習期間に体調を崩すような学生はそもそも教師には向かない,

 なんて厳しい言葉を書く雰囲気ではなくなっている昨今なのと,

 私自身,昔は1日で治った風邪がなかなか抜けない年齢に達してしまったことで,

 教員としての適切な体調管理の方法は・・・なんてことも考えなければならなくなっています。

 昔は,生徒が問題行動を起こしてくれることが,

 高熱も吹っ飛ばしてくれる特効薬でした。

 そんな時代ではなくなった今,「学校を休める状況をどうつくったらよいか」は真剣に考えられていいテーマかと思われます。

 これは,残念ながら,よく休む教員が複数いる学校ではもう手遅れです。

 すでに行っている対応で,教員たちには心の余裕がなくなっているから。

 せめて今,みんな元気で,職場に出ているというゆとりのある状況のもとで,

 「休める学校」のあり方を検討しておくべきでしょう。

 まずは,日頃の健康チェックを教員全員が目で見て分かるかたちで行えるボードをつくる。

 ・・・・というと,無理して自分の体調の悪さを隠すような人がいる職場では逆効果になるので,

 生徒の保健委員を使って,教師たちの健康をチェックする機能をもたせる。

 実は,心の健康に課題がある教員ほど,この生徒との言葉のやりとりが,何よりもいい治療薬になる場合があるのです。

 情報の集約は,養護教諭。

 養護教諭=保健室と職員室の連携がうまくできていない学校もあるはずですから,そういう問題も解消する。

 教師集団は,何でも自分たちで問題解決を一手に握ろうとせず,子どもを生かす方法で考えるようなゆとりがほしいものです。

 生徒との心の交流がしっかりできる学校では,治療が難しい病気で長く学校を離れる教員を減らすことが期待できます。

 ・・・・そんな学校づくりは不可能だ,と言われてしまうかもしれませんが,1学年だけでも始めてみたらいかがですか。

 学年格差が実感される学校の方が,学校全体としての教育力は高いというのが私なりの学校観です。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より