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入試に際して・・・インフルエンザにかかった場合は,事前に相談を!

 入試のシーズンになると,

 「インフルエンザにかかっていても都立高校が受検可能に

 という記事へのアクセスが増えます。

 記事にも書きましたが,昔は

 「インフルエンザは出席停止の措置を校長がとっているはずだから,入試会場にも来られないはずだ」という論理で,「受検を認めない」という方針がありました。

 しかし,人生で1回しかない高校の入学選抜を棒に振るのはいやだ!と思う中学生が,

 「インフルエンザにかかっていることを隠して」

 あるいは,

 「高熱が出ているのに,病院で検査を受けずに」

 入試会場に来てしまうことは十分に予想されます。

 高校がもし入場時に全員の体温チェックをしてくれるなら不安も軽減しますが,

 「自分の近くにインフルエンザにかかっている受験生がいるかもしれない」なんて気持ちになってしまったら,試験問題にも集中できなくなります。

 だから,高校側は,「インフルエンザにかかっていても,自身の健康に重大な問題がない限り,・・・特に,熱が下がったばかりの生徒とか,あまり熱が上がらないB型の患者」については,別室で受検させるような措置をとるべきだ・・・・という私の主張のもとで,出されたのが記事で紹介している文書なのです。

 当時は,恫喝を受けながらも,必死に問題の所在がどこにあるかを訴えたおかげで,当時の「感染症対策本部」が動いてくれました。

 行政は対策を一つ実行してしまい,それで問題なく事が進めば,あとはその「前例」に従って処理できますから,「新型インフルエンザの集団感染の恐怖」のおかげで今がある,といった感じです。

 くれぐれも,「隠さない」ように。

 事前に中学校を通して,しっかり相談しましょう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より