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本を破るという行為~続く「アンネの日記」毀損問題

 どんなに荒れている学校でも,たとえばいじめの対象となっている子どもの教科書が破られるということは滅多にないのではないか。

 ノートが破られるということはある。教科書のような「みんなが持っている本」よりも,個人がつくったノートの方を破った方が,「より大きな精神的なダメージを与えることができる」という「破る理由」がはっきりしている。

 図書館に続き,書店でも「アンネの日記」関係図書が破られるという被害にあった。

 愉快犯という見方もあるようだが,本を破ることによって,だれにどのようなダメージを与えようとしているのか。

 図書館の本の場合は,冊数から考えても,ただの「気まぐれ」で犯行に及んだわけではないことは明白である。

 はっきりした「ねらい」があって,本は破られている。

 27日,産経新聞が社説でこの問題を取り上げた。

 産経新聞が取り上げることを見越した犯行だった可能性も指摘されている。

 もしそうだとすると,実際の社説を読んだ犯人はがっかりしたことだろう。

 「罠」にかからなかった。

 犯行の動機や犯人像を具体的に指摘しているブログがある。

 しかし,証拠は何もない。

 もし,その想定通りの犯人が見つかったら,やや複雑な国際的問題に発展する可能性もあろう。

 国際政治問題にからむと,情報は伝わりにくくなる。

 情報が伝わらないことで,不安や「妄想」が広がりかねない。

 これも見越した犯行だとすると,犯人のねらいは半分は達成されたことになってしまう。

 日本では,産経新聞が指摘するように,特定の著作が「破棄」されることはあっても,

 「本を(明確なねらいをもって)破る」という行為は滅多に起こらない。

 だから余計に「罠」にはまりやすい状況にあるのだ。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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