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「アンネの日記」毀損問題に対応する機関はどこ?

 「アンネの日記」が毀損されたニュースは,各学校でも話題になっているだろう。

 哀しい知らせだが,ニュースになることで,多くの人が「アンネの日記」を手にとることになるだろうと思われる。

 イスラエル大使館から善意の寄贈,というニュースも伝わっている。

 このような善意に,だれがどのように応えるべきなのだろう。

 警察の捜査はどこまで進んでいるのだろうか。

 仕事上の優先順位はどのくらい高いのだろうか。

 被害のあった図書館では,どのような調査が進んでいるのだろうか。

 職員や利用者などへの聞き取り調査は行われたのだろうか。

 図書館での監視強化は進んでいるのだろうか。

 「いたずら」は起こっていないだろうか。

 知りたいことが多すぎる。

 その割に,情報はほとんどない。

 この情報への飢餓感は久しぶりに味わっている。

 「情報統制が行われている」なんて妄想まで浮かぶ始末である。

 「だれが,何のために?」という発想自体が覆されるような筋書きの映画もあった。

 今回の事件も,「だれが,何のために?」という予想すら立ちにくい事件である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より