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日露戦争と第一次世界大戦を比べてみる

 日本が国産に成功した機関銃は,どの国の何という会社のものをもとにしたのか?

 機関銃は,攻撃と防御,どちらの場合に使うのが効果的だったか?

 中学校の授業では,ホッチキス社なんていう会社名は登場しないのが普通だが,文房具と機関銃のように,全く無関係に思えるものがつながっているという意外な事実に気づくことは,歴史を知ることの楽しさの一つである。

 知ることと学ぶことの違いに気づけることも大切である。

 戦国時代の長篠の合戦と,第一次世界大戦の共通点は何か。

 何と,ナポレオンの時代も,そこから1世紀が経過した第一次世界大戦のときも,移動は馬と徒歩であった。

 突撃の花形は,同じように騎馬だったという。

 そういう戦争を終わらせた新兵器が,機関銃であった。

 最強軍団武田氏の騎馬隊を退けたのも,大量の鉄砲であった。

 さて,第一次世界大戦は,それまでの「戦争」をすっかり変えてしまった「戦争」だった。

 歴史をしっかり学んだ生徒は,次のような問題に正しく答えてくれるようになった。

 第一次世界大戦は,当初の予想に反して,長期戦になってしまった。

 なぜ,長期戦になってしまったのか。

 そこには,長期戦を可能にした条件があったことと,戦争を終わらせるための条件があったと考えられる。

 これを,先に学んだ日露戦争と比較してみる。

 そうすると,それらの条件のイメージが「焦点化」される。

 日露戦争には,長期戦ができない理由と,戦争を終わらせることができた理由があった。

 第一次世界大戦とは逆の関係である。

 みなさん,答えはわかりますか?

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より