ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 許していい人と許してはならない人(歴史編) | トップページ | 教員免許更新制度に「実技検査」を導入? »

許していい人と許してはならない人(学校とネット編)

 間もなく始まる新年の学校生活。

 小中学校には,アスペルガー症候群など,なかなか集団行動になじめずに,人に迷惑をかけている生徒がいます。

 こういう生徒はいじめの対象にもなりやすいのですが,いじめではないにしろ,孤立を促すようなかたちで周囲の生徒が接すると,症状は悪くなっていく一方です。

 明らかにそうだとわかる生徒に対しては,機械に詳しいとか,何かの名前を全部覚えているとか,できるだけ良い面を見つけてあげて,その良さを認めてあげる場面を増やしていきましょう。

 問題になる行動はきっと減っていき,その長所がどんどん伸びていきます。

 「許していい人」として,接してほしいと思います。

 
 一方,「許してはならない人」が,ネット上に存在します。

 「ネットいじめ」は,匿名ですまされる問題ではないことを,警察の人たちが約束してくれました。

 自分に都合のいいことだけを書いて,人の足を引っ張る人間は,許せません。

 社会が許しません。


 社会から排除されてしまった経験がある人の場合は,気の毒に思えないわけでもないのですが,

 その恨みを人の足を引っ張ることによって晴らそうとしている行為は許せません。

 ネット上では自分の支持者がいるように装い(自分で自分のブログに自分を褒めるコメントを書き込むなど),孤立感を埋めようとしているのですが,そういう行為がますます孤立を深め,事情を知っている人が興味本位で読む対象になっているのです。

 周期的に同じような話が繰り返されるという典型的な病状ですが,子どもと違い,責任をとらされる対象になります。

 「許してはならない人」がどういう末路を迎えるのか。

 あのFC2ブログは,「凍結」されてしまいました。

 これでは「救いようがない人」になってしまいます。

 迷惑をこうむった人を救うには,

 嫌でもその原因をつくった「許してはならない人」を救ってあげるしかありません。

 そして,こういう人をこそ救えるのが,「本物の教育の話」だという信念があるからこそ,私は教育ブログを続けているのです。

 
にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ   

« 許していい人と許してはならない人(歴史編) | トップページ | 教員免許更新制度に「実技検査」を導入? »

教育」カテゴリの記事

いじめ問題」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 許していい人と許してはならない人(学校とネット編):

« 許していい人と許してはならない人(歴史編) | トップページ | 教員免許更新制度に「実技検査」を導入? »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より