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生々しい人間模様を垂れ流している小学校教師

 昔,生徒や親の愚痴ばかり公開していた「組合の先生」のブログによくコメントをしたものでしたが,異動をきっかけにブログの更新がとまり,職務に専念されるようになったようです。

 今日は,タイトルの餌に引っかかった私が似たようなブログに出会いました。

 学校の具体的な人間模様を,それも,現在進行形のことを,どこまでブログで公開してよいものか,普通の教師なら考えるものでしょうが,ネットの世界は常識の歯止めが緩くなる場のようで,管理職の一挙手一投足に至るまで克明に出しているのがありますね。

 話を読むと,やはり小学校というのは,個人商店が集まっている商店街のようなもので,校長はそこの住民の商店会長ではなく,どうせすぐにいなくなる「よそ者」「面倒くさい存在」として描かれているのがわかります。

 教師自身も似たような存在なのに,2~3年もすると10年くらいずっといるような雰囲気を出す人っていますよね。「地域を背負っている」というしっかりした自覚をもたれているものと解釈することにしていますが。

 小学校という職場は,若い先生が増えているのと,小規模化しているために「独自の風習」がきちんと伝わるルートができていないので,情報を握っている一部のわかったようなのが困っている先生を横目で見ながらせせら笑っている空気まで記事からよく伝わってきます。

 そのような学校情報を垂れ流すことは,私は決して悪いこととは思いません。生徒の個人情報に関するようなことでなければ。研究指定を受けるかどうか,なんていうのを会議で図っているような学校ですから,情報の管理など行き届いているわけがありません。今,こんな古いタイプの学校は少なくなっています。経営者が経営者らしい仕事ができないのは学校くらいなものでしょう。

 小学校の実態がオープンになって初めて,いじめにしろ,学力低下にしろ,危機感が直に親に伝わるようになるからです。できたら,いじめに対する教師の対応の仕方まで,どんどん公開してほしいですね。

 問題が起こって裁判になったときに,いい参考資料となるでしょう。

 ただ,あまりにも生々しい情報を流す人間がいるということがわかったら,教師たちにとっては愉快なことではないでしょうね。

 嘲笑の対象になっている管理職やら同僚やらは,ネットに非常にうといことを知っているのか,「読まれる心配がない」「自分が書いているとバレることは絶対にない」という安心感も伝わってくるのですが,もし本当にばれたとしたら,そのあとどういう態度でその学校に居続けられるのでしょう?

 どこかのアンケートで「空気を読まない県民」のベスト1に大阪,ベスト2に東京が選ばれていますが,こういう都市の学校の教師ならではの「ネット生活」があるのでしょう。

 完全に子どもをバカにしているタイトルなので以前にも何か書いた記憶がありますが,小学校は本当に学級王国の閉鎖空間が延々と続いているし,公立なら何かもめたら簡単に異動もできるので,理性のブレーキが非常にかかりにくい「業種の人たち」であることもよくわかります。

 どうでもいい話が長くなってしまいましたが,私が言いたいことは次のことだけです。

 そこに描かれている学校の教師たちの動きは,私が見聞きしてきた範囲で言えば,相当に「時代遅れ」です。

 同じように,30年くらい前で完全に時間が止まってしまったような人の記事をよく見かけますが,学校は,変わらないといけません。

 学級会のようなことを職員会議でやっている時代は終わりました。

 「時間がない」と言い訳する前に,無駄な時間を省いていくべきでしょう。


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コメント

ネーミングが完全に大人目線であるところが残念ですが,とても微笑ましくあります。
小学校なのに活動で子どもの笑顔が見られないというところを見たことがないので,それ自体を目標にしている小学校があるというのは驚きでした。

最近ではスマイルタイムと呼ばれる新しい学習方法が取り入れられるようになったようですね。全国的に展開が進めばよいのですが。
http://info.miwa1.net/smiletime/

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より