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教育の衰退を止めるための最後の手段

 各県で教員採用試験をつくるような立場の人と交わした会話で印象に残っているのは,

 採用数が限られた地域の場合,合格できる人が女性ばかり,

 それも,学校時代から部活動をバリバリやっていたようなタイプではなく,
 
 休み時間も教室で本を読んでいたような静かでまじめで点数がよくとれる人が毎回採用されていく。

 しかし,せっかく採用されたのに,学校現場ではなかなか力が発揮できないで辞めていく人もいる。

 こういう話を聞くと,大量採用の時代というのも,決して悪くはないかなと思ったりもします。
 
 しかし,大量採用が始まっている地域の人から話を聞くと,

 もう学力水準はおろか,規範意識まで崩壊しかけているところがある。

 学級崩壊など,当たり前のように起こる。

 それでは毎週のように教員の犯罪が報道されるのは無理もないことと思われてくる。

 この両極端な問題を解決するには,もう「学校統廃合」などという悠長なことは言わず,

 「学校数大幅削減計画」をスケジュールにのせていくしかないかもしれません。

 以前にも紹介したとおり,

 大量採用時代の教員たちがこれからまとめて退職していくと,

 学校現場を直撃するのは

 「管理職不足」の問題です。

 もう「優秀な人材」とか言っている場合ではなくなり,

 頼み込んで「管理職になってもらう」しかない。

 そんな状況で,公教育がよくなるとは思えません。

 高校の数を減らして,高校の校舎・敷地を小学校や中学校のものにする。

 大規模な小中学校を増やすことが,教育の衰退を止める最後の手段になるかもしれません。

 このようなシミュレーションができる人はどこかの大学や教育行政の事務方にいないでしょうか。


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コメント

部活でばりばりという人、案外そうではなくて、しごきに耐え、ひたすら優勝することだけしか考えない、勝利の鍵は全て、コーチや顧問が握っている。そういう人は絶対に採用してはなりません。
体罰、自殺問題をもっと根源から考えるべきです。
体育会系の考え方や指導の仕方について大いに疑問を持つべきです。
体育会系のやり方は単に結果を追い求めているに過ぎません。
人材をだめにしても、結果だけを求めているのです。
教育がそれでいいはずがありません。
ブラック企業の全ては体育会系です。部活のやりかたが今のブラック企業の原点です。
先進国として恥ずかしいと思います。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より