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仕事上の致命的なミスとは?その防止法とは?

 読書編ブログで紹介した佐藤優著『人に強くなる極意』(青春出版社)に,

 こんなエピソードが紹介されていました。

 外務省のある研修生が国会で使われる首相の答弁用の書類の閉じ方を間違えたせいで,答弁が頓珍漢になり,国会審議が中断,危うく不信任案にまで行きそうになった,というもの。

 著者は,事務的なイージーミスが命取りになることがあるので,こういうことをした部下は叱りつけた,ということ。

 学校で言えば,たとえば

 成績の入力ミス

 評定の入力ミス

 表計算ソフトの計算式のミス

 転記上のミスなどが考えられます。

 これによって,合格するはずだった受験生が不合格になる,ということも起こり得る(実際に起こっている)。

 大阪府では,採点する側のミスの多発が問題になっていましたが,

 子どもの一生を左右するような出来事が,単純なミスによって引き起こされてしまう。

 ダブルチェックが当たり前,・・・のはずが,チェック機能もマヒしている。

 だから,学校現場でも,著者が危惧しているように,

 仕事が任せられない人間には仕事をふらないようになってきている。

 そうすると,仕事の能力の格差は広がるばかり。

 格差が広がるということは,できる人に仕事が集中するということ。

 昔は,仕事の分散化が『絶対法則』のように動いていた学校の職場も,

 単純ミスへの風当たりが強くなってきたため,ミスは未然に防ぎたくなってきた。

 そして,それを簡単に防ぐ方法に気づいてしまった。

 できない人にはやらせない。

 これでは仕事量の偏りがどうしても目立ってくる。

 「人事考課がしやすくなるからよい」という管理職もいるかもしれない。

 しかし,「育成機能」を果たせない職場は,将来の異動のことを考えれば,

 まさに「負債を拡大するだけの学校」になる。

 公立学校がそういうところばかりになってしまっては,人事もまわっていかない。

 もう,余計な動かし方をするより,何もしない方がまし,なんて空気が蔓延したら,

 人事なんて終わりである。

 人事が終わっている組織は,ただ死を待つ組織。

 ところが,会社ならつぶれるが,公立学校はつぶれない。

 統廃合がせめてもの救いになる。

 ・・・・なんて暗い未来予想はいくらでも浮かんできてしまう。

 簡単な解決方法なんてありません。

 ミスはまわりがカバーするしかない。

 ダブルチェックで危なければ,トリプルチェックをかける(入試は通常そうしているはず)。

 全体の仕事量の増加は,負債を増やさないための努力でもあることを,どうか理解してほしいと思います。

 「人を増やせ」と単純に言う人には,

 「どんな人でもいいのですか」と聞いてみたい。

 「人が増える分だけ,仕事も増える」という話が通じにくいのが学校現場というところです。

********

 受験生の親御さんへ。

 こういう学校がもしかしたらあるかもしれない,という「想像」をするのは自由ですよね。

 各教科のテストが終わると,解答用紙が回収されます。

 そのときに,「どのように解答用紙を置くか」が指示される学校があると仮定します。

 さらなる仮定です。

 その学校は,もしかしたら,「解答用紙が言った通りに置かれているかどうか」も得点にしている(減点対象にしている)かもしれない。

 学校側は面倒ですが,私なら,テストが終わってすぐに注意力が散漫になるような生徒はいりません,というメッセージを出せる学校はすごいと思います。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より