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センター試験で手塚マンガが使われて・・・

 ニュースになっていますが,本当に取り上げてほしい「問題」は,問題の「問題」なのです。

 日本史の問題で,手塚マンガの一部が掲載されていますが,

 別にマンガが資料として提示されてなくても解けてしまう問題です。

 しかも,「戦局の悪化」に関する問題として,

 カイロ宣言(1943年)とミッドウェー海戦(1942年)と原爆投下(1945年)の3つを古い順に並べかえるだけ,というもの。

 原爆投下は,もはや「戦局の悪化」のレベルを通り越したところで起こった問題だから,

 これが含まれているだけでおかしい,ということにもなるのですね。

 次に,「軍需工場への動員」に関して,「満州事変以後の軍需産業と経済」について述べたもののうち,誤っているものを1つ選ぶ,という問題。

 「日本労働組合総評議会」が戦後のものだと知っていれば,それだけで解けてしまう。

 もちろん,少しだけ考えて,「労働組合が解散させられ,日本労働組合総評議会が結成」っておかしいでしょ・・・という感性で答えた人もいるかもしれませんが・・・。「産業報国会」結成の経緯を知っていても解くことができます。

 このように,重要語句を年表のなかで覚えてしまっていれば,それで終わり,

 という問題ばかりが出題されているから,知識偏重の歴史の勉強に飽き飽きしてしまうわけですね。

 
 それよりも,手塚治虫の人生とともに,戦前・戦後の日本の歴史の流れを考えていく,という学習方法のあり方に注目をしてほしいところです。

 こういう授業をしていれば,歴史をもっと身近に感じて学習してくれるようになる,というメッセージ性をマスコミには読み取り,広げていってほしいところです。

 マンガが出ました。商業マンガがセンター試験に出たことはなかった。終わり。では,何の意味もないわけです。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より