ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 「思考体力」を失った人の書く文章 | トップページ | 小学校時代に「日本史」を学なばい日本人と「アメリカの通史」を学ぶアメリカ人の違い »

学校統廃合は市区町村の合併よりも大事

 自民党の教育再生推進法案の素案に,国が学校統廃合に積極的に関与できるという内容が含まれているそうである。

 今後の日本の教育水準維持のためにも,絶対に欠かせない施策であることは今までも述べてきた。

 「地域の学校がなくなること」に対する反発が多い地域では,学校を設置している市区町村はなかなか手が出せないことだったが,国が関与するとなると,予算的な措置も行われることを意味する。

 反発が大きいのはもともと人口が少なく,児童生徒数が限られている地域だろうが,今後,中規模の学校が増えてくると,その「魅力」にだまっていられない親が増えてくることだろう。

 施設が充実するようになる。

 優秀な教師を育てる条件が整うようになる。

 中学校なら,部活動がさかんになる(種類が増え,選択肢が増えるようにもなる)。

 学校行事が盛り上がる。

 学校内での切磋琢磨が進む。それは子どもだけでなく,教師たちにとっても。

 教師(公務員)を無駄に増やさなくてすむ。

 固定化した人間関係の中で苦しまなければならない子どもが減る。

 学校数が減ることによって,今後,市区町村の合併もやりやすくなるはずである。

 人口減少社会へのスムーズな移行を実現させるためにも,

 日本らしい「集団の力」の良さを見直すいい機会となる。

 これが,すばらしい施策であることを市民に納得させられる政治家がどのくらいいるかだけが懸念である。

 反対する政党がどこかは子どもにもわかることだろう。 

 社会科の教師にとって,近くの学校との統合に,どのような意義を見いだせるか,子どもに問うという授業も成立する。そこで明らかになる,「市民感覚」の質をどう評価するかは,それこそ「市民」の仕事である。

 以下の記事もご覧ください。

 下村新文科大臣に「主張」してほしいこと(2012年12月29日)

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ

« 「思考体力」を失った人の書く文章 | トップページ | 小学校時代に「日本史」を学なばい日本人と「アメリカの通史」を学ぶアメリカ人の違い »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

学校選択制」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

小中連携」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 学校統廃合は市区町村の合併よりも大事:

« 「思考体力」を失った人の書く文章 | トップページ | 小学校時代に「日本史」を学なばい日本人と「アメリカの通史」を学ぶアメリカ人の違い »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より