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犯人はお前だ!(戦力外捜査官より)

 ドラマにはさまざまな「お約束」があります。最近は,「お約束」を破る「お約束」まで登場していますが,

 学校が舞台となるドラマの「お約束」は生きています。

 戦力外捜査官・第1話では,いじめがテーマになっていました。

 そして,「学校=いじめ隠蔽機関」であることが確認されていました。

 主人公が過去にいじめられていたという設定もあり,今後も学校が舞台となることもあり得ます。

 それにしても,学校が舞台のドラマの「お約束」は,30年以上前から「不変」のようです。

 頼りない校長と,体力しか能がなさそうなジャージ姿の生活指導担当の教員。

 そして「事件」が起こる場所は,必ず「屋上」。

 「屋上」が基本的に立ち入り禁止場所になっており,生徒が自由に出入りできないことは,だれでも知っています。

 しかし,逆に言うとだれもいない場所だし,障害物もないので撮影はやりやすい。

 みんなそういうことがわかっていて,ドラマの進行を見つめています。

 「いじめ問題を正面から見つめようとしない校長たちが犯人だ!」として手錠をかけてしまうあたりはコントみたいなドラマでしたが,お笑い芸人も「真面目」に「真剣な人」を演じているので,とりあえず刑事ドラマの枠内におさまっている,という感じでした。

 法律までできた「いじめ」への対策ですが,さすがに

 「いじめ」「恐喝」の加害者の一人を「校庭で見つけた銃で撃ち殺す」なんていう設定は現実離れしています。
 
 4歳の子どもがライフル銃で同じ4歳を撃ち殺してしまうような国とは違うわけです。

 が,小学生や中学生が,大人の書いたシナリオで踊らされて,
 
 商業的に利用されている姿を「幸せそうだ」ととらえる感性は私のような人間にはありません。

 人間を踊らせるシナリオライターのような教師にはなりたくないのですが,

 一部の小学校の教師がそれと全く同じように見えてしまうのは,目の錯覚でしょうか?


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より