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教員免許更新制度に「実技検査」を導入?

 無免許で成功している人に厳しい一方,免許をもって失敗している人にやさしい世界。

 まさか「自動車運転免許はいらない」という人はいないでしょうね。

 しかし,「教員免許があっても・・・採用試験に受かっても・・・」

 子どもに正対できていない教師はいるのです。

 
 
 学校現場で指導力のない人の中には,頭は悪くないという人が多い。

 それなりに論理的な文章は書けるし,読んで理解することもできる。

 早い話が,ペーパーテストをしても,

 「この人が教員としては不適格なんだな」ということは判断できないんですね。

 しかし,同僚の教師たちはみんな分かっているわけです。

 子どもたちも分かっている。

 だから,教員免許更新講習っていうのは,結局,

 指導力不足教員の免許も更新させてしまう代物ってことです。

 教育現場に要請されている課題・・・

 「言語活動の充実」も「道徳教育の充実」も「ICT教育の導入」も,

 実は,子どもよりも,「教員が苦手にしていること」なんですね。

 「苦手」というか,「できていない」こと。

 「言語活動」のようなバズワードのせいで,現場でも何をすべきなのか分かっていない人(というか学校)が多くなってしまっていますが,

 要は「自分の意見を自分の言葉で話せること」

 「相手の意見をしっかり受け止め,双方の考えを尊重する態度がとれること」

 を最低条件とした,ごくごく当たり前のことなのです。

 それができない教師への悩みが,なかなか解消されない。

 自動車免許の更新には,
 
 「実技検査」は必要ありませんが,

 高齢者とか,ペーパードライバーにとっては必要かもしれませんね。


 教員免許の更新には,

 「この人は」という教員のための「実技検査」が必要です。


 しかし,自動車事故を起こした人の情報は「免許」に記録があっても,

 教員の免許の方にはない。

 制度改革の方向性は,明らかすぎるほど明らかなのですが・・・。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より