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心と頭の財産の使い方(1) ~出し惜しみしない教師に~

 「財産」というと,「貯め込む」というイメージがありますが,

 「豊かな自然は日本の財産だ」とか「子どもたちが日本の財産だ」とかいう場合もありますね。

 そうだとしても,「守るもの」「守るべきもの」「育てるもの」というイメージがついてまわります。

 お金のような「財産」をもっている高齢者には,

 「豊かな使いみち」というのを考え,実践してほしいと思います。

 心や頭の財産も,使って,活用して,その価値が発揮されるとも言えます。

************

 儒教的道徳のなかで,あなたが日頃,大切にしていることは何ですか?

 という問いに,選択肢をいくつか掲げて聞いてみたら,

 「この中には1つもありません」

 という人はいないでしょう。

 しかし,道徳教育にアレルギーをもっている人はいる。

 戦前からの日本人の強さ・・・・災害にもめげないで協力して乗り越えられる・・・

 は存続している一方,

 今そこにある危機に立ち向かっていく勇気は失われているように思っている人は多いでしょう。

 特に,70歳以上の方々にとっては。

 戦争を支える一員になったことへの反省もあるかもしれませんが,

 一方で,戦後,未解決の問題への心残りを後世に伝えたいのに,それを受け入れる土壌がなくなってしまっていることへの危機感の方が強いのかもしれません。

 日本の教育は,表面的に成功しているかのように見える部分にだけ,力を注いできた経緯があります。

 人間を根っこの部分からしっかりと鍛えなおすには,まずは読み書きをしっかりと定着させる。

 「考える力を伸ばす」のはもちろん大切だが,「これだけは知っておくべき」という知識はしっかりと定着させる。

 「こういう話は知っておいて損はない」という話は,どんどん読ませていく。

 当たり前のようでも,これがなかなか学校では実現していないのが現状です。

 ごく一部の子どもだけ,どんどん本を読み,どんどん知識を増やし,どんどん思考力を伸ばしていく。

 それでグローバル人材は育っていき,リーダーの資質をもつ人間を確保するのには十分かもしれませんが,

 「残された人たち」はどうなるのか。

 「残された人たち」になりそうな子どもたちに日々多く接しているのはだれですか?

 その人たちには,何ができるのでしょうか。

 
 1日1日,心や頭の財産を増やす。

 そして,それをどんどん活用する。

 日本の現在の社会,未来の社会と自分がしっかりつながっているという実感をもたせるためにも,

 「賢い生き方」について考えさせるきっかけは,毎日のたとえ5分間という短い時間でも,提供していきたいものです。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より