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「ゆとり世代」による自己分析

 「ゆとり世代」による「ゆとり世代」のための自己分析。

 興味深い記事を読みました。
 
 まず,「ゆとり世代」であることの自覚は,7割の人(調査対象の大学生の場合)にあるそうです。

 おもしろかったのは,「ゆとり」への自覚のあるなし,「ゆとり」と呼ばれることへの抵抗のあるなしで

 将来像を4タイプに分けたこと。

 「あせり層」

 「きっちり層」

 「つっぱしり層」

 「真のゆとり層」

 ・・・・どれがどこにあてはまるでしょうか。

 考えてみてください。


 「ゆとり」世代に忘れてほしくないことは,

 「ゆとり」のために「ゆとり」があったわけではなくて,

 「生きる力」を身に付けるために,「ゆとり」のなかでしっかりと本物の力を養う,という趣旨の教育だったということです。・・・・それを教師も自覚していなかったために,あるいは,自覚してもそのような趣旨の教育ができなかったために,・・・そして何より,各教科の授業時数が減ってしまったために,「損したかもしれない」という自覚を芽生えさせてしまった・・・。

 そもそも,「生きる力」とは何かを,それを身に付けるために教育を受けてきた「ゆとり」世代は,説明することができるでしょうか。

 どこかのお役所の事務の人の自己満足だけで終わってしまったのではないか・・・という悪い想像を払拭できるのは,「ゆとり」世代の人しかいません。

 「生きる力」・・・・・最近では,「グローバル人材」づくりが「流行」ですから,

 「ゆとり」世代の人たちは,日本の大学に通うのをやめて,みんな海外に留学してしまえば,

 「やっぱり,生きる力を育てていたんだ!」と

 立案者を満足させることが可能かもしれません・・・・。

あと,大事なことを書き忘れました。

 「ゆとり世代」には「ゆとり世代」なりの問題もあるのでしょうが,

 教育現場には,「ゆとり世代」を育てる時期に教員になった人たちの指導力不足が問題になり始めています。

 教える内容が増えました。

 それだけではない。活動させる内容も増えました。

 今まで通り,やっていたのでは,時間が足りないのです。

 頭を使わなければ,指導計画通りに授業が進まない。

 これに対応できない教師の問題は,今,現在進行中なのです。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より