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バズワードだらけの教育界

 政治の世界でも,教育の世界でも,行き詰まり感の強いところでは,

 「バズワード」が幅をきかせています。

 「バズワード」とは,よく使われている言葉ではあるが,その意味や定義があいまいで,「つまりこういうこと」と説明してみることが難しい,あるいは,その説明が人によって食い違ったりする,というキーワードのことです。

 「バズ」ですから,多くの人が・・・それも,あまり頭を使って考えることが苦手な人たちが,

 流行に乗り遅れまいとして必死に使っている言葉・・・そういうイメージがあります。

 「学力」というのは古典的な「バズワード」で,近いところでは

 「生きる力」とか「人間力」,

 最近では「言語活動の充実」などが教育界では挙げられます。

 「バズワード」そのものが「バズワード」という話は置いておき,

 たとえばITの世界では

 「クラウド」という言葉がありますね。

 「雲」って何?・・・これを,的確な言葉で説明できる人はいるでしょうか。

 インターネットのサーバー上で作業ができること?

 そうではなくて,なぜそれが「雲」なのか?

 「雲」って消えてなくなったりしないの?なんてのは,案外,妥当性のある心配?

 インターネットにつながらないと,作業ができないってことは,不便なのでは?

 話が横道にそれました。

 教育の世界では,「学び合い」も立派なバズワード。

 こういうバズワードのオンパレードに,中高の教師たちというのはかなり冷ややかな目を送るのですが,小学校の先生というのは気持ちが若いからか,すぐに飛びつくという傾向が強いですね(私の知る限りの情報ですが)。

 社会科には長年続く,主に小学校向けの立派な雑誌がありますが,そこは蜂の巣のようなところです。

 これだけ統制のとれていない,バラバラな原稿が数だけたくさん並んでいるのは,本当に日本が平和で豊かな国である証明となっています。ゆとりの象徴のような雑誌です。

 昭和22年から言われることが,六十数年たってもまだ同じように繰り返されている。

 ・・・・なんていって,「教育創造学」なんていうのは定義すらなく,ハエすら飛んでこない言葉ですが,まず昭和22年のころに戻って,一から考え直してみよう,というだけでも,立派な「教育の創造」になりそうな気がしているのは・・・私だけですね・・・。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より