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【提言】 市区町村の統廃合よりも,市区町村教育委員会の統廃合の方が現実的かつ効果的か

 「人口水増し」をするような自治体でも,それなりの存在意義があると思える。

 何より首長が選挙で選ばれているから。

 しかし,機能が十分に果たせない状態になっている教育委員会が,市区町村ごとに必要だろうか。

 首長の権限が教育委員会に及ぶようになったとしたら,それは必要だと言わざるを得ないが,

 市区町村教育委員会が都道府県教育委員会や文部科学省の言いなりになっているだけだとしたら,

 市区町村教育委員会に独自の特色がある取り組みがなかったとしたら,

 別に存在しなくても困ることはないかもしれない。
 
 事実,教育委員会とはいいながら,その事務的な作業をしている人たちは市区町村の職員である。

 そこに指導主事として派遣されるのは,都道府県が採用した教員である。

 施設等の管理のための事務と,指導事務を分離して,

 指導事務を中心とした教育委員会は,複数の区市町村を管轄にしても,特段の支障はないだろう。
 (東京都の場合,島しょ部など,指導事務は実際にそうなっている)

 初任者研修の実施等では,すでに連携している教育委員会はいくつもあるはずだ。

 こういう場があると,指導主事同士の研鑽もはかることができ,非常に有効的であるが,

 たこつぼにはまったままの市区町村だけで仕事をしても,指導主事として成長できるかどうか,私にはわからない。

 学校の統廃合を進めるべきだという主張と,趣旨としては重なってくるところが多い。

 市区町村教育委員会の指導事務部門は,数を少なく,少数精鋭にして,徹底的に「指導」を行うべきではないか。

 中学校で言えば,このような仕組みをとることで,教科の指導主事が全教科分そろえることができる。

 今,それができるのは都道府県レベルの教育委員会だけではないか?

 (大きな市の実態は知らないのだが)

 そう。大きな市の教育委員会は指導が充実していて,小さい市区町村の教育委員会ではそれができない,というのでは,教育の質の確保,向上は望めない。

 昨年度の教育課程まるうつしのようなものを受理する教育委員会では,地域の教育は劣化していくばかりである。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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