ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 具体的なアドバイスが何もできない教師など・・・ | トップページ | 最低な内容でも「視聴率100%」が保障されている教員 »

ブログ閉鎖の危機?

 良心の呵責というのがあるのだろうか。

 行き詰まるといつも登場するのがオーディオとかコンピュータ本体の話である。

 教師に役立つ実践的な指導の話とはほとんど無縁の話が続く。

 こういう子どもを学校現場では今までに何人も見たことがある。
 
 教師という立場で考えると,子どもの人格に大きなキズが残るような強い指導は避けるべきであるから,

 子どもが自らそういう「穴蔵」に入り込んで,精神の安定を図ることを邪魔するようなことはしない。

 しかし,大人となると,ちょっと事情が異なる。

 責任をとれる立場だからだ。

 自分で公開している演奏の映像からすると,相当,年もとっている。

 私のブログへも「気持ち悪い」コメントが相次いだため,コメントは拒否する設定にしている。

 教師や元教師,教育関係者のブログの中には,

 責任を他に転嫁するような論調なものばかりで辟易とさせられるが,

 「あと一歩」しっかりと踏み出すだけで,少しはまともなことになりそうなものもある。

 自分の状態が全く把握できず,ほとんど自分と同じ状態である「他のだれか」のことを徹底して批判するような状況に陥ってしまっている人は,残念ではあるがその道の専門家でないと扱えないものなのかもしれない。

 今までさんざん,「謙虚な態度が必要だ」などという記事を繰り返し書いてきた。

 自分がなすべきことを他人に要求するだけで自分はしない・・・

 こういう教師をこの世から根絶するための,何かの役に立ってほしい。

 ブログが閉鎖されてしまってからでは,遅い。


にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へ
 
 

« 具体的なアドバイスが何もできない教師など・・・ | トップページ | 最低な内容でも「視聴率100%」が保障されている教員 »

教育」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

コメント

そうですね・・・

仕事上のブログでは,自分の住所から自宅の電話番号,携帯の番号まで公開してしまっている。

本当に気の毒な人です。

教育に関する話も,20年前に読んでも時代遅れという印象をもたれるような内容ばかり。

教育の世界の時間の流れは,社会に全くといっていいほどついていけてない。

それはある意味ではいい面もありますが,今は子どもが教師を信念をもてるほどの根拠をもってバカにしている時代です。

穢れた残像を消し去る努力も必要かと。

おそらく、D氏は病気ですよ
迷惑な存在かもしれないけど病気だと思ってそっとしておけばと思います。

コンピュータやオーディオの話、誰も見向きもしないですよ、レベル低いし、、、
いろいろ気づいた事があると思います。
反面教師であるけど、客観的に自分を見つめるための材料になる。
自分だったらこうする、と気づけるじゃないですか?

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ブログ閉鎖の危機?:

« 具体的なアドバイスが何もできない教師など・・・ | トップページ | 最低な内容でも「視聴率100%」が保障されている教員 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より