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教員免許更新を受ける年齢になっても・・・

 私の学校には多くの参観者がお見えになります。

 そして,残された感想を読むと,自分の学校の評価を残してくれる人がいる。

 「うちの学校の生徒はバカばっかりで,本当にやる気をなくす」

 という類のもの。

 そういう人が,面と向かって言ってきてくれれば,私はすぐに言葉を返せるのですが。

 「では,ここであなたが授業をしてみてください」

 ・・・・・本当にしてくれた人がいたのですが,

 「それでは,どんな生徒でもできるようにはならないでしょう」・・・なんて言えませんが,

 原因と結果の関係がごちゃごちゃになってしまっているので,

 何とか整理してあげたくなってしまいます。

 昔,ある高校の英語教師が生徒の悪口を書いているブログを目にしました。

 もっと昔には,中学校の教師のそういうブログも読みました。

 原因と結果の関係がわからないのは,外部の目を経験したことがないからなのでしょう。

 あるいは,生徒たちの声に耳を傾けていないからでしょう。

 無理もないですよ。

 目くそ鼻くそを笑う。

 いやいや,生徒は鼻くそなんかじゃありません。

 よーくみて下さい。

 私の学校にも,厳しい生徒がいるじゃないですか。

 その生徒が,授業にしっかり取り組めているのは,どうしてなのでしょう?

 参観者が来るから?

 大阪で先日あった研究大会では,全国大会でも,ちゃんと眠れる子は眠れるんですよ。

 どうして眠ることができるか。

 眠ることが可能な授業だからでしょう。

 せっかく免許更新の講義を受けたのなら,

 勉強ができないのに授業に積極的に生徒が参加しているその理由を学びとるべきです。

 「いい学校だから,生徒はみんないい生徒だ」

 なんていう固定観念は,あなたが「少しはいいと思われていた学校」に異動になれば,すぐに崩壊しますよ。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より