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確信犯

 人間は感情によって左右されやすい生き物である。

 モチベーションを高めることを研究する学科まで登場している。

 その知恵を授けることで金儲けをしている人もいる。

 人間を強く動かす感情には様々なものがあろうが,

 私がこのブログを書く一番の理由は「怒り」である。

 教員が情けない醜態をさらし続けることが我慢ならない。

 指導力がないというより

 劣化させる力のある教員によって,子どもが「伸びない」ことが気の毒でならない。

 教育ブログの中にも,明らかに見当違いの指導を恥ずかしげもなく

 公開している人間がいるが,こういう失敗の公開というのはある意味では,とても重要なことである。

 「こうあってはならない」と自分に言い聞かせることができるから。

 人は強い感情がもとになって,

 強烈な動機をもって,「どうしようか」と考えるようになるのである。

 「意欲を高める学習指導の工夫」など,今まで何回くらい耳にし,目で見たことだろう。

 「思考力を高める学習指導の工夫」をするためには,まずは「意欲を高める学習指導の工夫」が前提として必要なのである。

 「考える価値のあること」だと知ってはじめて,考えようとする子どももいる。

 心を動かすのが先か,考えるのが先か,子どもを相手にしている場合は,

 両方から支えていってあげる力が必要である。

 教師にとってはもちろん,子どもたちにとっても必要なことである。

 ある誹謗中傷ブログの管理人は,自分の矛盾を示すコメントを勝手に削除している。

 確信犯である。本来の意味ではなく,定着している誤用の方の意味である。

 この確信犯には,何のロジックもない。

 ただただ感情にまかせて,特定の個人に対する攻撃を繰り返している。

 まさに,自分で描いた通りの人物である。

 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より