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「教育の成果」あり? ~コメントを削除して内容をパクる名人登場~

 「へそ曲がり」と呼ばれて大人から扱いにくく感じられている子どもは,見込みがありますよ。

 簡単に迎合しない人間は,それなりの「人物」に見えます。

 「人物評価」で,高いスコアをねらえるかもしれません。ただし,私のような人間が面接官だったときに限りますが。

 人から教えられても,素直に「教えてくれてありがとう」と言えない人は少なくないですよね。

 いつも他人を見下しているような人間では~始末に困るのが,けっこう歳がいっている人ですが~,

 更生に時間がかかります。(そもそも更生してくれる人はリアルの世界では皆無のはずですが,そこはネット上の世界。)

 人からもらったコメントを削除して,その内容を利用して自分でコメントを入れてくれるとは・・・。

 アイデアをパクられたこちらの身としては,実は,どちらかというと喜びに近いですね。

 まともな状態に近づくことができているから。

 仕事に対して情熱をかける人に,「情熱みたいなものは,論理を無視するもとになる」なんてことを訴えるような矛盾を,自ら犯している・・・・それに気づくことができたら,相当の進歩ですよ。

 中学校の教師の仕事は,こういうことにも喜びを感じるものです。

 どんなかたちであれ,「前進」が見られることはどちらかというと「まれ」なことですからね。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より