ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« おとぼけぶりが半端ない・・・結局は「無視」できなかった理由とは? | トップページ | 会社を辞めてすぐに教員になるより,子育てを終えてから教員になった方がいい? »

中学生にも笑われる文部科学省の貧困な発想

 何年か前に,国土交通省などの取材に中学生と訪れたときの印象ですが,

 国の官庁というのは,動かすお金の規模で,その「上下関係」がはっきりしているようです。

 その元締めである財務省がトップにいることは当然のこと。

 文部科学省に入って,真面目に事務をやって,やりがいを失って辞めた人の話を聞いたことがありますが,

 やはり一番印象的だったのは,

 「こんな事務なら,だれにでもできる」「教育にかかわっている実感が全くない」

 という言葉でしょうかね。

 昔,「教育現場」を体験した文部科学省の事務の人がいましたが,今,何をやっているのでしょう?

 文部科学省という役所では,教育行政(これのどこが問題かはもうニュースをいちいち紹介するまでもないのですが)のプロ,教育の素人たちがうごめいていることは,大臣が一番よくご存じのことでしょう。

 「生きる力」なんてフレーズをはやらせた,とかでうかれている人を間近で見たことがありますが,

 「ここはお笑い芸人たちのブラックユーモア劇場か?」というのが第一印象でした。

 文科省の人たちを気の毒に思う気持ちもあります。

 予算を獲得するための「アイデア」がない。「人材」がいない。

 提案の「必要性」が認知されない。

 「教員定数の増加」などはその最たるものです。

 内田樹風に,どんなに質の低い大学でも,「長い期間,学力的に課題がある人でも,その場で囲って生活させておくことで,それ以上,学力が低下することはないので意味がある」として認めているようなところが,

 独立行政法人になった「国立大学」を改革させようとしている。

 教員の評価を徹底的にやりたい。

 でも,それ,だれがどのように評価するの?

 という問いにまともに答えられる人がどこにいる?

 「高い評価を得るための書類の書き方」に長けている人が高い評価を受ける世界に

 教育という最も短期的な成果が出しにくいはずの人たちを落とし込んで,何の得があるのか???

 日本の大学の世界ランキングを向上させる・・・・・とか,留学生を増やすとか???

 これ,中学生が最も「笑う」目標ですね・・・。

 そんなことを実現させたいなら,国立大学の数を10分の1に減らして,

 優秀な教師だけ集中させて,優秀な学生だけ集めて,予算を集中的に投下すればいいんでしょ・・・。

 一番いいのが,

 文部科学省の管轄外の大学を増やす。

 財務省附属の大学。

 外務省附属の大学。

 経済産業省附属の大学。

 国土交通省附属の大学。

 厚生労働省附属の大学。

 キャリアや教員は,そこの卒業生から選んでみたら?

 大学が,今よりはるかに個性的になって,「国際化」もすぐに実現するでしょう。

 「国際化」からはるかに遠いところにいる省庁が,

 外国のモノマネしか頭になくて,どんな大学像を構想できるの?っていう話。

 そもそも,外国語に訳しようがない「文部科学省」なんて省庁はなくすべき。

 早く「教育省」を設置して,本気で国の未来を考えないと・・・・。

 

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へ 
 

« おとぼけぶりが半端ない・・・結局は「無視」できなかった理由とは? | トップページ | 会社を辞めてすぐに教員になるより,子育てを終えてから教員になった方がいい? »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

リーダーシップ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 中学生にも笑われる文部科学省の貧困な発想:

« おとぼけぶりが半端ない・・・結局は「無視」できなかった理由とは? | トップページ | 会社を辞めてすぐに教員になるより,子育てを終えてから教員になった方がいい? »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より