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いよいよ始まった「土下座強要」(「半沢」効果か?)

 もちろん,「半沢」効果かどうかはわからない。

 昔から,客に対して失礼な態度をとった店員が,「土下座」を強要されるケースはあっただろう。

 今は,その場面を携帯で撮影し,すぐさまネットで公開してしまうような時代である。

 「土下座」は顔が写らないから,抵抗感なく公開できてしまうという問題もあるだろうが,

 「謝っている場面が公開される」のは,不祥事を起こした企業のトップや学校の管理職だけではない時代になった。

 「土下座」は,それに応じれば,とりあえず「騒ぐ」ことはしなくなるので,

 他の客への迷惑を考えれば,すぐにしてしまうケースが多いのではないか。

 接客にかかわる仕事のマニュアルで,「土下座」規定が存在する企業があれば,ぜひ教えてほしい。

 教師がそういう場面に遭遇したとき,どうしたらよいか,の参考になるかもしれない。

 つい最近書いたように,私には「土下座」の経験がある。

 ただ,頭を低くしただけで,顔は上げたまま,相手の中学生も私とほぼ同じポーズをとっていたので,

 「正式な土下座」ではないかもしれない。

 それにしても,視聴率40%のTVドラマでの土下座強要が,

 視聴者に何の影響も与えない,ということは考えにくい。

 これから,「土下座ツイート」が続々と登場するだろう,というのが私の予想である。

 ・・・しかし,「土下座」されられた仕返しが「土下座」というのが,

 何とも平和な国の象徴である気がしないでもない。


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コメント

たかがテレビドラマごときにすぐ流されてしまう生き物って、くだらないですよね。構図としては、どんなに劣化した制度で卑劣な教育関係者が運営している学校でも、多数派が行くから自分も学校へ行く、というのと同じですよね。ドラマのように一過性でなく長きに渡って洗脳してきたわけだから、ドラマよりたちが悪いか・・・末端の教師の中には洗脳されていることにさえ気づいていない、汚職大企業の末端社員みたいなものか・・・

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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