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学習コンテストで私が狙っていたこと

 漢字・計算・英単語のコンテストでは,各クラス何人かの「100点」獲得者が出る。

 クラスの半分以上が「100点」をとることもある。

 運動会のような「ノリ」(・・・これは批判対象ではなかったか・・・)で,みんな頑張る。

 クラス数が少ないこともあるが,学級で平均点を競ったりすることはない。

 あくまでも全員が「個人賞」狙いである。

 コンテストの効果は,前の記事で述べた通り,「最低得点の上昇」が挙げられる。

 国語はそうでもないが,数学と英語は,学力の格差が非常に大きくなりがちな教科である。

 分数の計算ができない中学生は,問題文中に分数が出てきたら,もうそれだけでアウトである。

 英語の文をつくるのに,5~6個の単語のうち半分以上のつづりがわからなければ,部分点すらもらえない。

 こういう「底上げ効果」が重要だと感じている方が多かったように思えるが,

 私の本当のねらいは,「学力上位層の束をつくる」ことにあった。

 公立中学校においては,

 「学力上位層」は,比較的孤立しやすい傾向にある。

 ほとんどの生徒が考えてもわからないことを,すらっと解いてしまったり,正解を答えてしまったりすれば,白い目で見られるのは無理もない。

 ごくわずかな生徒を讃えるような望ましい人間関係を維持することはなかなか難しい。

 しかし,この「上位層」の「かたまり」があって,それらがうまく学級をリードできるようになったら理想的だ・・・というのが私の考えであった。

 教師の発問に堂々と答えられる生徒が10人程度いれば,授業に活気がでる。

 いつも2人とか3人しか答えないような授業では,そもそも授業として成立しているかどうかも怪しい。

 堂々と答えられる生徒たちが,適度に見当違いのことを発表してくれることが,授業が盛り上がる条件である。

 ここで私が呼んだ「学力上位層」の「学力」が,ただの「コンテストの点がよい生徒」でも,「成績がよい生徒」でもないことは感じていただけたかと思う。

 「学ぼうとする力」の高さが上位にいる生徒たちの「集団」が,私の呼んでいた「学力上位層」である。

 コンテストで100点をとった生徒は,

 「努力家」として一目おかれる。

 惜しくも100点を逃した生徒は,小さなミスの「重さ」を知る。

 などなど,様々な効果がある学習コンテスト。

 あなたの中学校には,ありますか?

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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