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「圧倒的に」正しい財務省~教員の数を減らすのは何の問題もない

 子どもの数は減っている。

 財政状況が苦しい中,教員の数は減っていない。

 学校数も,あまり減っていない。

 子どもの数の減少だけが,激しく進んできた。

 文科省は,すでに少人数学級の状況になっている学校ばかりなのに,

 反対に教員数を増やそうとしている。

 「教員の数だけ増やせばいいという考えは古い」というのは当然の意見である。

 教員の数は減らしていい。

 その代わりに私が求めたい重要な条件は,小規模校を減らすことである。

 管理職の数が少なくてすむのも財政的には大助かりである。

 過疎地域では限界があるのはわかるので,

 問題となるのは大都市圏の小規模校である。

 学校規模を大きくすることで,仕事の効率も格段にUPする。

 スーパースターはいらなくなる。

 将来の社会で生き抜くための競争力がしっかりと養われていく。

 馴れ合い社会日本では,

 文科省が「一応,教員の数を増やす立場にたってくれた」・・・・というだけで,満足してくれる人が出てくる。

 文科省が財務省と同じ考えであることを主張すれば,激しい反発がおき,実現が難しくなるだろう。

 だから,「一応,数を増やしたい側にいる」・・・・馴れ合いの基本的な構図である。

 いずれにしても,学校数を減らして,教員数を減らすのが大正解である。

 めんどうなのは,学校の設置者が国ではないということである。

 矢面に立つ市町村教育委員会に持久力がないと,先に進めなくなる。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より